過去からの邂逅

 




 先程からラデンと対面する私は、ある事について、気になっていた点がある。


 それは、グリーデンが何故、帝国国内でなく敢えて共和国の人間に自分の娘を預けたのかという事だ。


 預けるのであれば、帝国内の方が比較的に安全だと考える筈だし、何より、自分の目が届く方が安心するだろう。


 その話をした私にラデンはその理由についてゆっくりと語り始める。



「そうしなかったのは、奥様が殺された際、軍の諜報機関に内通者がいる事が発覚したからです」

「内通者……?」

「はい、軍内部に共和国の諜報員が紛れ込んでいたんです」



 ラデンは深いため息を吐いて私にそう告げる。


 確かに帝国の軍内部に敵の諜報員が紛れていたらと思うと、娘の身を常に危険に晒す事になる。


 あぶり出し切れていない敵国の諜報員が居る。それは、もしかしたら自分の部下かもしれない。


 グリーデンは部下を殺したと言っていたが、その部下になりすましている共和国の諜報員を彼が証拠を掴み、正体を暴いたとしたのなら、彼は殺すのにはきっと躊躇しなかった事だろう。


 なんせ、自分の妻を殺した相手かもしれないのだから。


 その部下になりすました諜報員を炙り出せてない状況下だった為に、グリーデンはネロを奴らから手の届かないところにどうしても置いておきたかった。


 いつ、ネロちゃんが敵国に拉致され、人質にされるかもわからないという状況はグリーデンとしてもどうにかしたかったのだろう。


 灯台下暗しという奴だ。そう言った事に関して言えば、グリーデンは賢い選択をしたのかもしれない、ただし、預けた先がクズな親族であったという点を除けばの話だが。


 以上の事からネロちゃんを共和国の親族に預ける至ったという訳か、なるほどな。



「つまり、諜報員の目を欺く為、共和国内の方が安全だったと思っていたって事かグリーデンの奴は」

「そういう事になりますね」



 それでも戦争が起こったが、この街は帝国の攻撃が最終的に及ば無かった。


 この街は黒い森が帝国との国境にある以上、天然の要塞と化してると言っても過言ではない。


 私もあの黒い森でゲリラ戦をしたからわかるが、あの森は守る側からしてみればとんでもなく守りやすい森だ。


 この街での今の状況を見ると戦後もネロは共和国と帝国にも見つからなかったという事になるのか?


 とにかく、ネロちゃんがグリーデンの娘であるというのは理解した。


 しかしながら、話をしていて気になる点がある、それは様々な情報を包み隠さずラデンは私に教えてくれる事についてだ。


 私としては、非常にありがたいのだが、帝国の軍人で帝国の諜報部隊の指揮をしている彼女が私にこれほど肩入れする理由はなんなのだろう?



「なんで君は私にそんなに情報を提供してくれるんだい?」

「……やはり覚えておられないのですね」



 そう言って、笑みを浮かべるラデン。


 覚えていない? となると、私は彼女と何処かで会ったことがあるのだろうか?


 私はタバコに火を付け、昔の記憶を思い出すよう考える。


 すると、ラデンはゆっくりと軍服の上着を脱ぎ始める。私はいきなりの出来事にポカンとしてしまい、火を付けたばかりのタバコをポロリと指から溢してしまった。


 それはそうだ、さっきまで話していた娘が、何を思ったのかいきなり上着を脱ぎ始めたんだぞ。


 普通は何事かと思うだろう。私は顔を赤くしながらそんな彼女に声を掛ける。



「えっ……ちょ……! なんで服を脱いで……!」

「これですよ」

「……その傷って……」



 私が彼女に見せられたのは、綺麗な純白の下着の上からでもはっきりとわかる首元からお腹にかけてザックリと斬られたような大きな切り傷だった。


 しかも、大きさからしてかなり深い傷のように見える。


 これは、見る限り戦場で負った傷なのは間違い無いだろう。しかし、戦場でこれだけの傷となると相当な深傷だった筈だ。


 よく戦場で助かったなと思うが…。


 とそう思っていた時であった。私はある戦場での出来事をふと思い出す。


 それは、激戦区の前線で帝国の錬金術師師団と激突した時の事だった。


 結果は共和国軍の勝利に終わりはしたが、両者とも相当な被害を互いに被る犠牲者を出した。


 あの前線でかなりの重症で負傷していた帝国軍の若い娘の軍兵が二人いた。


 その二人とも酷い怪我を負っていたので、戦場で決着がついた際に私の率いていた師団で治療をしてあげる事にしたのだ。


 当然、帝国兵士なのだからここで殺すべきだと周りからの反対の声も上がったりしたが、傷ついている私よりも年下の女の子達を容赦なく殺す事など私には到底出来なかった。


 二人とも傷は深傷ではあったが、私の師団が錬金術専門の部隊だった事もあり、生死の狭間を彷徨う彼女達をなんとか生きながらえらせる事が出来た。


 そして、治療が終わった彼女達は私が口添えをして手厚く捕虜として共和国の首都に輸送される事となり、戦争終結後、帝国へと送還される事になった。



「……まさかあの時の君がエンパイア・アンセムだったとはね」

「はい、もう一人は私の姉でした。……あの戦場では流石に死を覚悟しましたね……、貴女に会えたのは本当に運が良かったです」

「本当あの時は私達でも二人が回復するか不安だったよ」



 私はそう言いながら、思い出すようにラデンに告げる。


 かなり手酷くやられていたみたいだから、本当に二人とも助かったのが奇跡に近い状態だった。


 それがまさか、ラデンとその姉の命を助けていたとはね。


 ん……? ラデンがエンパイア・アンセムという事はひょっとして、彼女のお姉さんも。



「お姉さんもエンパイア・アンセムなのかい?」

「はい、錬金術師です、姉は現在、旧帝国との戦争に出向いている真っ最中ですけどね」



 そう言いながら、笑みを浮かべるラデン。


 とはいえ、エンパイア・アンセムである二人を返り討ちにした一体誰なんだろうね。私でもかなり手こずりそうな気がするんだけど。


 だけど、私にはそれができるだろう錬金術師に一人だけ心当たりがある。



「……ひょっとして君達二人を相手にした上で返り討ちにした共和国の錬金術師って」

「はい、イージス・ハンドの『青狼』です」



 やっぱりかと、私は思わず苦笑いを浮かべた。


 帝国に十一人のエンパイア・アンセムが居るように、共和国にも対抗すべく五人の選りすぐりの将兵が居た。


 それがイージス・ハンドと呼ばれる五人だ。


 とはいえ、帝国が選りすぐりの錬金術師十一人に対して五人ってどうなのという話なのだが、共和国は帝国よりも人員は劣る為、どうしてもそうなってしまう。


 軍に居た時、私、レイ、シドの三人はこのイージス・ハンドに選ばれていた。


 大体、イージス・ハンドには二つ名が付くのだが、『青狼』というのはその一人のあだ名だ。


 まあ、彼女なら容赦なくやりそうだなとは正直思う。


 ちなみに最後の一人は男だが、イージス・ハンドに居る私と彼だけが男という事もあって結構肩身が狭かった。


 私は帝国から受けた人体実験の結果、女にされてしまったので実質、男は彼一人になってしまったのであるが。



「エンパイア・アンセムが戦争後には私達やグリーデンを含めて7人もやられましたからね……。

 本当に貴女達にはしてやられました」

「うーん、まぁ、あの時は必死だったし、こっちは防戦ばっかりだったから……」



 そう言いながら、私はラデンから視線を逸らす。


 実際、守る側の方が攻める側よりも戦術的に組みやすいし、犠牲も少なくて済む、イージス・ハンドの一人が非常に優れた戦略家だったおかげでなんとか帝国から征服されずに済んだ。


 とはいえ、帝国は再び内戦状態に陥っているので、ただでさえ戦死者を出しているそのエンパイア・アンセムも割れてしまった。


 正直、共和国との戦争で疲弊している中、大変なだと同情したくなる。


 新しい優秀な錬金術師が亡くなったエンパイア・アンセムの開いた枠に収まるとは思うが…まあ、今はその話についてはどうでも良い事だろう。


 だから、ラデンは私に情報をくれていたのか。



「済まなかったね覚えてなくて……。それは私の落ち度だ」

「いえ、私としても命の恩人にはどうしても一度お礼を言っておきたかったですから」

「……ありがとう」



 私はニコリと微笑みながら、ラデンにお礼を述べる。


 戦争については色々とトラウマがあるから、私としても記憶に勝手に蓋をしてしまってたんだろうね。


 なんにしても、今はネロちゃんの事だろう、グリーデンを仕留めるよりも出来れば話し合いで事態を収められるならそうしたいところだ。


 だが、それはどうにも望みはほんの少ししか無い、何故なら彼が私に個人的な恨みがあるからだ。



「グリーデンの奴はなんとかしたいとは思うけどね」

「話し合いできる状態では無いでしょうから、無力化するほか無いでしょう、最悪の場合、私は殺害も視野に入れてます」



 私の隣で何の躊躇なくそう言い切るラデン。


 私からしたら、出来れば彼をネロちゃんに合わせたいという気持ちが大きい。


 確かに間違いを犯した人間である事には変わりないが、それでも、ネロちゃんにとっては彼は唯一の親なのだ。


 私はそんな事を密かに心の内で思いながら、タバコを取り出してまた一服しはじめる。


 そんな事を私が考えているのをラデンは見抜いたのか、ため息をついて呆れたようにこう告げた。



「……キネスさん、貴女優し過ぎますよ……」

「そうかな……? ……いや、そうかもしれないね」



 私は月を見上げたまま、タバコの煙を吐き出してそのラデンの言葉を肯定する様に呟いた。


 戦場での甘さが、自分の死に繋がる。


 その事を私は身をもって知ったはずなのに、どうにもこの生き方だけはどれだけ時が経とうとも変わりそうに無さそうだ。


 だって、今の私の仕事は自分が作り上げた物で人の幸せを作る『ビルディングコーディネイター』という仕事なんだから。

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