とある真実



 私は屋上で対面するラデンの目を真っ直ぐに見つめる。


 話したい事があると、彼女は私にはっきりとそう言った。その目は何かよほど、私に対して言いたいことがあるんだろう。


 大方の予想はついている。シドを尾行していたと聞いていたのでそれならば自ずと答えは出てくるものだ。


 すると、彼女はゆっくりと口を開きその内容を話し始める。



「貴女の店で働いている従業員についてです」

「……まあ、だろうなとは思ったよ」



 私はタバコの煙を吐きながら肩を竦めてそう答えた。


 今、私の店で働いている従業員、となればやはり考えられるのは死亡したという扱いになっている『ケイ』、つまり、ガラパの市長の娘、ケルズ・サラの事だろう。


 流石に帝国の諜報部隊、しかも、エンパイア・アンセムの目は誤魔化せないか。



「あの方、ケルズ・サラ様がここにいらっしゃるとは思いもよりませんでした」

「……黒い森で半年くらい前に私が保護したんだよ」

「そうでしたか、てっきり襲撃され死亡したとばかり……」

「あの森で襲われたんじゃそう思われても仕方がないだろうさ」



 私の言葉に、その通りです、と肯定するように頷くラデン。


 黒い森の中で生存できる確率は相当低い、よほど運が良く無い限りは死体すらあがらないと言われてるような場所だ。


 そんなとこで襲撃を受ければ絶望的だと言って良いだろう。だが、生き残り、元気に働いている今の彼女の姿を見ればそれ以上の幸運を味方につけてるのだろうなと思える。



「ですが、このまま匿われてると、サラ様に危険もありますし貴女方にも……」

「彼女はシドに預けてるよ、ウチで働いてるのはシドの事務所が直るまでさ……それに」



 私はそこで言葉を区切るとタバコの火を消して灰皿に捨てる。


 ラデンの気持ちもわかる。早く彼女の身柄を帝国側で保護しておきたいだろうしね。


 それから、真っ直ぐにラデンを見据えたのちに深いため息を吐いた。



「それに、今の情勢なら帝国に戻す方がかえって危険だよ、いくらサラが帝国を支える大貴族の娘だからと言って危険地帯には送れない」

「……それは、そうですが……」

「私としては帝国と旧帝国とのイザコザが終わり次第、国に返したいとは思ってる。

 現状、彼女の暗殺の危険がある今の帝国はここより危険なのは明白だ……そういう事だよ」



 ラデンも私のその言葉に流石に何も言えないような表情を浮かべる。


 帝国内部にはまだ旧帝国のスパイがいる可能性があるし、旧帝国がサラの命を虎視眈々と狙っているのは明らかだ。


 この場合は私がいう通り、死亡扱いにしておいて時を待つのが彼女を国に返すにあたり一番の近道とも言えるだろう、その事を理解しているラデンは深いため息を吐いた。



「わかりました。……では、あの方は引き続き、そちらで保護しておいて貰えると助かります」

「そうさして頂くよ」



 私はラデンに笑みを浮かべながらそう答える。


 大貴族でもあり、求心力が高かった領主、ガラパのケルズ市長が死んだというニュースはこちらでも入って来た。


 帝国としても、大貴族であるケルズの娘を早く呼び戻して力を貸してほしいと思うところはあるのだろう。


 だが、そうだったとしても今以上の危険が、現在の帝国には渦巻いている。そんな陰謀が渦巻いている場所に今のタイミングでサラを送り出すよりは、ここにいた方がまだ彼女の安全が確保できていると言えるだろう。


 それで、話は終わりだ、まあ、サラが生きていた事を知れただけでも帝国としては安心できる要因であるに違いない。


 話を切り上げてこれで終わりかと思っていたが、ラデンはさらに私に話を続け始める。



「それと……、あと一人」

「ん?」

「……彼女、ネロ・キマナについてです」



 私はそのラデンの言葉に首を傾げる。


 ネロ? なんで、そこでネロちゃんの話が挙がるのかがわからない、別に彼女は今回の件とは全く無関係の筈。


 しかも、ラデンが何故、ネロの名前を知っているのかも不思議であった。


 彼女にとってみれば、今回の事件とは関わりの無いネロを調べる必要は特にない筈だ。


 私も彼女にはこの件について一切話してもいないし、なんなら、今回は彼女に知らせずにこのままグリーデンの件を解決するつもりだった。


 だが、ラデンは深いため息を吐くとゆっくりと語り始める。



「ご存知なかったのですか? 彼女が、グリーデンの実の娘だったという事を……」

「……なんだって?」



 私はラデンの一言に耳を失った。


 確かに今、彼女はネロちゃんがあのグリーデンの娘だと言ってきた。これは、流石に私も予想だにしなかった事だ。


 どういう経緯で、何故、彼女がグリーデンの娘だと言い切るのか。


 確かに、思い返せば髪の色は翠ではあるし、赤眼の目に関しても遺伝のことを考えればそんな気もするが、だからと言って、それはあまりにも…。


 言葉を失う私にラデンはゆっくりと語り始める。



「彼も最初から、あぁだった訳ではありません仮にも帝国が誇るエンパイア・アンセムですからね」

「なら、ネロちゃんが虐待や育児放棄されていたのも」

「あれはグリーデンの仕業ではありませんよ、この街で彼女を預かっていたグリーデンの親族、義理の親の仕業ですね。……もっとも、その二人は既に八年前にグリーデンに殺されているのですが」



 ラデンは悲しげな表情を浮かべ私に淡々と語る。


 実の娘ではないネロに対して愛情がなかった預かり親は虐待とネグレクトを行った。


 しかしわからないのは、なぜ、グリーデンが実の娘であるネロを親族である義理の親に預けたのかという点だ。



「ネロの母親、デルト・ガーネットは共和国軍諜報員によって殺害されました」

「それはいつの話だい?」

「十三年前くらいでしょうか……。ネロがまだ四歳くらいの時だと思われます」



 私はラデンからその話を聞いて顔を顰める。


 八年前のグリーデンの殺人、確かその時の犠牲者については私は詳しくは調べていなかった。恐らく、犠牲者は共和国の諜報員とその義理の親達という可能性がある。


 そして、グリーデンは今も自分の妻を奪った共和国を憎んでいるのだろう、だからこそ、旧帝国と共和国との戦争を望んでいると考えられる。



「グリーデンはその当時、諜報機関を含め、危険な仕事を帝国から請け負っていました。

 ……奥様の件があり、ネロをそばに置かないでおこうと考えたのは恐らく彼女の身の安全を守る為だったんでしょうね」

「それで、共和国に住むこの街の親族にネロを預けたと」

「はい、その結果、その預けた義理の親はどうしようもないクズでした。

 九歳になったネロが教会から保護されるまでの五年間、彼女は虐待や育児放棄をされていたという訳です」



 そういう事だったのか、ならば、デルトという名前を名乗らず敢えてネロという名前にさせていたのは、グリーデンがあくまで自分の娘だと共和国に知られないようにする為、義理の親の名前からとった名前を名乗らせていたのだろう。


 守っていたつもりが、実は実の娘を死の淵にまで追いやっていた。


 確かに、奥さんを失っていたグリーデンにとってみれば、それをきっかけに狂ってしまったとしてもおかしくはない。


 ネロちゃんはこの事実を知らず、ずっとネロ・キマナと名乗ってきたという訳か。


 にしても、四歳から幼い子が五年間もよく虐待と育児放棄に耐えてきたなと思う。


 正直言って、ゾッとする話だ、その間、いつ命を落としてもおかしくはない。


 そして、九歳の時に教会から保護されて、六年か七年後に脱走し、一、二年間、橋の下で生活したのちに私のところに転がり込み、現在に至るという事か。


 一旦、話を整理する必要がある気がしてきた。



「まだちょっと私も混乱していて、素直にその話を鵜呑みには出来ない」

「とはいえ、事実です……。グリーデンは預けていた親族の義理の親からはネロは殺してやったと言われたようで。

 ……まあ、後はわかるとは思います」

「奴が完全に狂ったのはそこからか……」



 私の言葉に静かに頷くラデン。


 十三年前から開戦までに至る期間、帝国と共和国では水面下で諜報戦や小競り合いが重なるように起きていた。


 そんな情勢下では、グリーデンの家族に降りかかった悲劇のように何があっていてもおかしくはないだろう。


 とはいえ、胸糞が悪い話だ。今はネロちゃんは私が保護しているとはいえ、なんだか、やりきれないな。


 だが、まだわからない事がある、それはどうして帝国国内でなく共和国内の親族にグリーデンがネロを預けたかという事だ。

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