帝国の諜報員

 




 アーデから情報を貰い、カフェから出た私はつけてきた短刀を携えた白髪を背後に束ねたいかすかない女と対峙している。


 どうやら、制服を見る限り帝国の軍人のようだが、わざわざ私の後をつけてくるとはどういう了見なんだろうな。


 私は懐から拳銃を取り出すとその銃口を真っ直ぐに彼女に向ける。



「何のつもりだ? お前……」

「流石は共和国最強の『赤い狂犬』ですね…まさかバレるとは」

「質問に答えてないぞ? 帝国軍人様が人の後を尾けて何の用だって聞いてんだ」



 私の問いかけにため息を吐く女。


 流石にこれ以上、私を刺激するのは得策では無いと考えたのか、彼女は抵抗の意思はないと両手を上げる。


 その姿を見た私はひとまず敵ではないと判断し、警戒はしつつも銃口を下げた。まあ、銃を突き付けたまま、まともな話を出来ると思えないからな。


 それからしばらくして、彼女はゆっくりと自分の事を語り始めた。



「尾けた事に関しては申し訳ありません。

 私は帝国諜報機関の者でエンパイア・アンセムのラデン・メルオットと申します」

「……ッ!」



 私はその言葉に目を見開いた。まさか、自分を尾けていた相手がエンパイア・アンセムの一人だと思いもよらなかったからだ。


 エンパイア・アンセムの階級はそれこそ上位の階級が多く、大将、大佐クラスが普通だ。


 そんな人物がわざわざこうして私の後を尾ける理由として考えられるのは、やはり、グリーデンの奴に関わる事についてだというのは容易に想像できる。



「先程、グリーデンの所在を聞いてましたね? 実は我々も皇帝陛下の命により奴を追っている最中なのです」

「何? ……どういう事だ」

「はぁ……、こうなっては仕方ないですね、奴の正体を教えましょう」



 そう言って、諦めたように深いため息を吐くラデン。


 グリーデンがエンパイア・アンセムという事はわかっているし、軍から退役して人の死体を使って家具を作ってる頭がおかしいクソ野郎って事は理解している。


 だが、どうにも、引っかかるようなラデンの言い方からして、また別の顔がありそうだなと私は直感的にそう感じた。


 ラデンはゆっくりとグリーデンを追う理由を述べはじめる。



「……奴は退役をしたと書面上ではそうなっていますが、それは偽りで、実はグリーデンは旧帝国の工作員でガラパの爆破事件に関与したテロリストの一人なのです」

「何? それはどういう」

「事の詳細についてお話しします」



 私はそれから、事の詳細について真面目な表情で語るラデンの言葉に耳を疑った。


 それは、奴がこの街に居る理由だ。8年越しにこの街に出現し始め、キネスを襲撃してきた。


 それは、キネスへの復讐だけと思い込んでいたがそうではない。旧帝国の軍人である奴がこの街に滞在してる理由、それは工作活動だ。


 キネスの襲撃に関してはブラフと言っていいかもしれない。


 本来の目的から、私達の目を遠ざけるため、わざとそうしてみせた。



 ラデンから聞いたのはガラパの事件によって引き起こされた帝国内部での話だ。


 ガラパのテロをきっかけにラデンを含めたエンパイア・アンセムは今、帝国と旧帝国とで派閥が二つに分かれているという事。


 そして、旧帝国は本来は帝国ではなく共和国との戦争を望んでいるという事をラデンの口から聞いた。


 ただのイカれた殺人鬼で狂った野郎だと思っていたグリーデンの事だが、こうなるとだいぶ事情が変わってくる。


 グリーデンはガラパでテロを引き起こした実行犯の一人、となれば、この街に居る事の意味は一体何なのか。


 今までの情報を整理して、咄嗟にグリーデンの奴の本来の目的を考え始める。


 ガラパでのテロ、この街に戻ってきた理由、殺人による陽動、グリーデンの経歴、旧帝国の目的。


 これらを踏まえて情報を整理して考えてみる。すると、ある目的が推測できてきた


 まだ、あくまで現代階では推測にすぎないが、間違いなくそうだろうと思った事を私は口に出してラデンに告げはじめる。



「この街でテロを起こすつもりかッ! あいつら!」

「……そういう事です」



 ラデンは私の推測がおおよそ正しいと肯定するように頷いた。


 恐らくはこの街でテロを起こし、共和国を帝国と旧帝国との戦争に巻き込むのが奴らの目的だ。


 旧帝国の悲願は共和国を滅ぼし、支配してその土地を掌握する事だ。


 だが、帝国の強いた講和条約により、旧帝国は無闇に共和国に対して宣戦布告を行う事が出来ない。


 なので、彼らは先に帝国から独立するための内戦状態を引き起こす事にした。ガラパでの爆破テロはそのための布石だ。


 後は帝国との戦争を上手いように適当に長引かせ講和。


 講和となれば帝国と旧帝国は2年間は相互不可侵の条約を可決することになる。


 帝国から攻められる心配がなくなりさえすれば、旧帝国は改めて、嬉々として共和国に攻め込む事ができるのだ。


 そして、今回、グリーデンがテロを引き起こす事で共和国内で旧帝国への敵対心を煽り、共和国側から宣戦布告を引き出し一気に旧帝国と共和国との戦争へと持っていこうと画策していたわけである。



「だが、それなら帝国が何で? むしろ、共和国は……」

「それはあくまで旧帝国派の人間だけです。

 私達帝国派は皇帝陛下が共和国と共に歩むという考えに国民全員が共感しております。

 ……戦争での深い悲しみを私達はよく知ってますからね」



 ラデンは何やら意味深な表情を浮かべたまま私にそう告げてくる。


 確かに戦争で大切なものを失ったのは私達だけではない、それは、帝国の人間だって同じことだ。今の帝国の皇帝が積極的に民主制を取り入れていこうとしている流れも私はニュースなどでよく知っている。


 なるほど、だから、ラデンはグリーデンがテロを決行する前にその計画を阻止し、奴を始末しようと考えているという訳か。



「できれば、奴の居場所を教えてください」

「わかった……、それじゃこれから……」



 そう言って、私がラデンに間合いを詰めようとしたその時だった。


 私は何かに勘付いたように咄嗟に身体を屈ませて、素早く道脇に避ける。ラデンも同様に飛来してきたそれを躱すように咄嗟に道脇に飛びそれをヒラリと避けた。


 そして、次の瞬間、凄まじい音と共に私達が避けた先に止めてあった自動車に巨大な鉄骨がねじ込むように突き刺さっていくのが見えた。


 自動車はそのまま爆発炎上、それを目の当たりにした市民は悲鳴を上げて散るように逃げていく。



「あーあ……、避けられちゃったよぉ、勘が良いんだから二人とも」



 路地裏の奥の方からゆっくりと血に飢えた野獣の様に鋭い眼をした顎髭を生やした翠色の短髪の中年の男が姿を見せる。


 それは、私の事務所を襲撃した時にしっかりと目に焼きつけておいた忌々しい男の姿であった。


 私はそいつに銃を構えたまま、忌々しそうに名前を呼ぶ。



「グリーデン……てめぇ!」

「おやぁ、こりゃ珍しい! ラデンちゃんじゃないのぉ! 久しぶりじゃん、元気してた?」



 挑発的に笑顔を浮かべたまま、赤いバレッタをクルクルと回しつつ、ラデンに向かい煽るように話をするグリーデン。


 一方のラデンは深いため息を吐き、腰に携えている短刀に手を伸ばしていた。


 そして、それを引き抜くと一気にグリーデンとの間合いを一瞬で詰めてしまい、刃を一気に奴に叩きつける。


 だが、グリーデンはそれを赤いバレッタで受け止めると苦笑いを浮かべた。



「感動の再会だぜぇ? いきなり酷いじゃあねぇの?」

「……別に貴方に対して思い出とかは特に無いですね、それと貴方、忘れてませんか? 

 私のバレッタをそんな風に受け止めるとどうなるか……」

「……あ、やべっ……!」



 次の瞬間、グリーデンが赤いバレッタで受け止めていたラデンの短刀が発火し、一瞬で燃え上がる。


 グリーデンの身体はその炎に包まれ、一気に見えなくなった。ただ、わかっているのは奴の悲鳴らしき声が私の耳に入ってきたという事だろう。


 なるほど、これがエンパイア・アンセムの実力って奴か。


 だが、私もそれをただ、黙って見てるだけってのは性に合わないんでね。


 私はすぐに銃を懐にから二丁取り出すと、巻き上がる炎に向かって駆ける。



「……ぐっ……。油断してたぜ、たくっ間一髪だな……」

「何が間一髪なんだ?」

「おいおい、マジかよっ!」



 至近距離からいきなり現れた私に目を見開くグリーデン。


 容赦なく奴に向かって弾丸を発射するが間一髪のところでグリーデンの奴に躱される。だが、そんな事は想定内だ。


 それに、奴はさっきのやりとりで右腕に火傷を負って動きが鈍い、これなら、畳み込める。


 私は奴の腹部にひざ蹴りを打ち込み、離れ側に顔面に回し蹴りを叩きつけ、そのまま右足に向かって弾丸を撃ち放った。



「何? ……こいつ、右足が……」

「そうだよ! 残念だったなぁ!」

「ちっ!」



 そう言って、その振り上げられたグリーデンの右足を受け止め、そのまま受け流すようにいなし、身体を入れ替えるように反転させる。


 そして、そのまま奴の頭に向かって拳銃をぶっ放すが、奴は首を横にずらし、弾丸をかわした。


 私はすかさず、ラデンと入れ替わるように背後に後退する。



「たくっ……! 休む暇くらいくれってんだよっ!」

「あるわけないでしょ、そんなもの」

「なら作るしかねぇなっ!」



 地面に向けてバレッタの引き金を引くグリーデン。


 すると、奴の真下からいきなり鉄骨が出現し、グリーデンはそれの先端に乗っかると鉄骨が出現した反動でそのまま建物の屋上に逃れる。


 そして、裏路地からこちらを見てくるラデンとシドの二人を見ると深いため息を吐き、忌々しそうに呟く。



「流石に分が悪すぎるなぁ、ここは引くか……」

「ちぃ! 逃げんな!」



 そう言って、奴を追おうとした私の肩を掴むラデン。


 深追いをする必要は無いという風に彼女は私に向かい左右に首を振る。


 私は軽く舌打ちをすると、取り逃がしたのは仕方ないと持っていた拳銃を懐に仕舞う。


 とはいえ、グリーデンの所在地はわかっているし、次はこっちから仕掛けてやれば良い話だ。


 それよりもだ。まずは、このことをこのラデンともそうだが、キネスやレイとも共有すべきだろう。


 私はひとまずその裏路地から出るとラデンを連れて一度、キネスの店に戻る事にした。

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