シドの調査

 




 私の名はシド、シド・カナロア。


 年齢はキネスと同じ20歳、赤い長髪の癖毛が特徴で身長は170cm、『バンデット』と呼ばれる仕事を生業としている元共和国軍の軍人だ。


 キネスとは幼馴染みでもあり、軍人としても同じ戦場を駆け抜けた事がある戦友でもある。


 まあ、もっとも、私はただの幼馴染みという今の立場があまり気に入らないけどな。


 私とキネスが初めて出会ったのは、おそらく、11歳か12歳くらいの頃だったと思う。


 壮絶な虐待を受け、ネグレクト…育児放棄されていた私は教会に預けられていた。


 その時に引き取ってくれた義理の両親、その家の隣にあいつは住んでいたのである。


 私はその時、人間不信に陥っていた。実の両親も憎んでいたしこの手で殺してやりたいと何度思った事かわからない。


 唯一、引き取ってくれた里親でさえ、私は心から信用していなかった。いや、むしろ敵だと思ってたくらいである。


 だが、そんな私の事を唯一理解してくれたのは他でもない、キネスの奴だけだった。



「君さ仮面を着けて、生活するのって窮屈じゃない?」



 初対面で私に対して言い放った言葉がこれであった。


 私の事をまるで見透かしたように言ってきたキネスのその言葉に怒りを覚えたのを今でも鮮明に覚えてる。


 私は里親に気に入られようと確かに良い子を演じていた。また、殴られたりするのが怖かったからだ。


 だが、本来は違う、心の底ではありったけの罵詈雑言を大人たちに向けて言ってやりたかったし、私は反骨心の塊みたいな奴だったのだ。



「……てめーに何がわかるんだよ」

「わからないけど、僕はもっと君がやりたいように生きれば良いと思うな、なんだか見てると窮屈そうだもん」



 この時、私を連れて挨拶しにきた里親はさぞ戸惑っていた事だろう。


 なんせ、教会では良い子だと思い引き取った私がキネスの前ではまるで人が変わった様に豹変したような口調になったのだから。


 キネスの奴は私の事を見抜いてやがった。私が本来、大人達を全員、殺したいほど憎んでいる事を。


 キネスの両親も息子の言動にさぞ驚いた様な顔を見せ、私達の両親に頭を下げて謝っていた。


 これが、私とキネスとの最悪な初対面での出会い方だった。


 それからは、私はキネスの事が気に入らず、ある日、奴を呼び出す事にした。ボコボコにして、アイツの事を黙らせるためだ。


 だが、アイツは逆に喜んだ様に笑顔を浮かべてそれに乗っかってきたのである。私もはみ出し者だったがアイツも相当な変わり者だったと思う。



「殴り合いでもした方がスッキリするかなとは思ってたしね、君の場合」

「うるせぇ……お前本当になんなんだよ。

 見透かしたようにすかした顔しやがって」

「だって、僕は、どちらかというとそっちの顔の方が好きだからね」

「黙やがれ! この野郎!」



 それからは、よくキネスと殴り合いの喧嘩をしょっちゅうしていた。


 男と女という立場でありながら、毎日のように傷だらけになり、その度に里親からは心配されたけど、転んだとか、適当な事を言って誤魔化していた。


 だが、私が15歳くらいになると逆に取り繕っていたものが全て剥がれ落ち、いつしか、里親に対しても私は言いたいように素の自分を曝け出していくようになった。


 キネスとの殴り合いも年齢を重ねるにつれて次第になくなっていった。


 いつも、キネスの奴は自分の両親に対して、私と同じように嘘をついて喧嘩のことを誤魔化してくれていた。


 まあ、とはいえ、バレるものはバレる、私達は喧嘩していた事がバレ、二人とも親からは怒られた。


 もちろん、それは私達を心配してという点も含めての説教だったし、私もそこでようやく里親の愛を感じることが出来た。


 だが、その時だった、私はようやく、今まで誤魔化していた自分のこと全て曝け出す生き方をできるようになったのだ。


 キネスには感謝している、何故なら、私が被っていた偽りの仮面を壊してくれたからだ。


 里親の事を本当の親だという風に思えるようになったきっかけになったのも全てキネスのおかげだ。


 そこから、私はキネスに特別な感情を抱くようになった。もちろん、固い友情があるのは当たり前だが、アイツが居なかったら今の私は無いと思っている。


 学生時代は気まぐれで風紀委員とかしていたが、人として弱気を助け、強気を挫くという信念を元に学生生活を送っていたと思う。


 まあ、裏では不良共を拳で締め上げて黙らせてただけだけどな。


 里親の両親も私の事をよく理解してくれたし、キネスも私の事をかばってくれた。


 好きなように生き、自分のやりたい事をやりたいようにする。縛られていた私の生き方をキネスが変えてくれた。


 そうこうしているうちに私は軍に入ることにした。風紀委員をやっていた事もあり、荒事がある方が性に合ってると思ったからだ。


 キネスも私と共に軍に入ってくれる事にしてくれた。あの時は本当に嬉しかったのをよく覚えている。


 私は特殊部隊の訓練を受ける事となり、元々、錬金術について学んでいたキネスは錬金術部隊へと過程を進める事にした。


 部隊は違えど、同じ同期として訓練したことだってある。だが、同時に私はキネスとの距離感がなんだか離れていく気がしていた。


 私は昔からキネスの事が好きだった。いつか、この気持ちを話そうと心に決めていた。


 だが、キネスに私は気持ちを伝える事が出来ず、ある日、私はアイツからシルフィアという婚約者を紹介された。



「僕の婚約者のシルフィアだ」

「はじめまして! シルフィアです」



 軍人の婚約なんて珍しくは無い、ごく自然のことだ。


 気立ての良さそうな女性だった。金髪の綺麗な髪に気品がありそうな佇まい、聞けば旧華族の家系だという。


 二人はお似合いだなと、私は思ってしまった。私の立場じゃどう頑張ってもアイツの隣には居れないんだなと。


 だが、同時に私は拳を握りしめていた。


 なんで、隣にいるのが私では無いんだとそうも思った。だが、ある時、私は気づいたのだ、キネスからそういう恋愛対象に見られていないという事に。


 確かにガサツで乱暴な私のような幼馴染みをそもそもそういう対象としてみること自体、無理があるなとあの時はそう思ったよ。


 この時の私は、この気持ちに踏ん切りをつけるためにひたすら訓練に力を注ぐことにした。



「少佐、もうこれくらいにしておいたほうが……」

「ふぅ……、気にするな、私がそうしたいんだ」

「……わかりました」



 部下や他の同期達の静止を気にも留めず、私は懸命にいつでも有事に備えれるように毎日、誰よりも訓練に励んだ。


 隣にいるのが私では無いなら、せめて、キネスの幸せを守ってやれるくらい、私が強くなってやるとそう思ったからだ。


 毎日の様に軍事訓練をして、気がつけば共和国の中で気に入らない事があれば上官にも噛みつく事から『赤い狂犬』と呼ばれるようになった。


 軍にいる間はその繰り返しの毎日だ。その間、キネスの婚約者であるシルフィアとも打ち解けるように努力した。


 そうしている間に、帝国との間に戦争が勃発。


 きっかけは、帝国からの宣戦布告だった。


 そこからは、いろんな戦場を転々としながら敵兵を殺して、殺して、殺しまくり、様々な部隊に配属された。


 まあ、後は皆が知っての通りだろう。


 キネスが敵の錬金術師達に捕縛され、人体実験の結果、女にされてしまったという流れだ。


 捕縛された際、キネスは左目を失い、右手は義手になった。


 それから、奴も私も軍を辞めて今に至るという訳だ。


 私が女好きという風に言っているのはキネスが女になったからであってそれ以外は興味ない。女になったキネスを傷つけ去っていった婚約者のシルフィアに関しては殺してやりたいと思っているくらいだよ。


 それくらい、私はキネスの事を思っているのだ。だからこそ今は素直にキネスに自分の気持ちをぶつけているし、後悔しないように生きているつもりだ。




 ――――――――――




 さて、現在に話を戻すとしようか。


 そんな私は今、何をしてるのかというとそんなキネスの新しい生き甲斐をぶち壊そうとする輩を見つけるための調査をしているところだ。


 私はキネスから頼まれた素材集めの傍らで、カフェである人物と会う約束をしていた。



「ごめーん! ちょっと遅れた!」

「たくっ、いつもテメェは遅いんだよアーデ!」

「ごめんってば! ここ奢るから許して!」



 それは、元諜報部隊に所属していたカルラ・アーデだ。


 眼鏡を掛け、柔らかい長い巻き髪が掛かった金髪の彼女は息を切らしながら申し訳なさそうに私にそう告げてくる。


 私はある資料をポンッと彼女の前に置くとため息を吐いて、肩を竦めながらこう告げる。



「まあ良い、それよりもだ、こいつの事お前何か知らねーか?」

「……ん?」



 そう言って、私が乱雑に投げた資料を手に取り読み始めるアーデ。


 だが、その顔は先程とはうってかわり、神妙な表情を浮かべていた。


 一応、形上はアーデは元諜報部隊だが、裏ではこいつは未だ軍部の諜報部隊と繋がりがある事を私は知っている。


 情勢上、こいつにも、何かあればすぐに再招集されるように通達は軍部から来ている筈だし、アーデが諜報部隊の中でも優秀だった事は私とキネスを含めた同期の仲間の中では有名な話だ。


 しばらく資料を眺めていたアーデは頭を抱え深いため息を吐いた。



「……はぁ、こいつの事ね」

「知ってんだろ?」

「知ってるも何も既にこいつに諜報員が四人殺されてるわよ……」



 そう言って、アーデは左右に首を振る。


 もう諜報員もそれだけ殺されてんのか、そりゃ内部で処理されていても不思議では無いな。


 諜報員が殺害されたとなれば、諜報部隊の落ち度になる。そうなる前に上が揉み消そうと画策してもなんら不思議では無い。


 それで、今回、私がアーデに聞きたい肝心な事は、その奴の所在地だ。



「それで? あいつは今どこにいるんだ?」

「一応、場所はわかるけど。……もし、一人で行くならやめときなさい」

「アーデ」

「あんたになんかあったらキーちゃんが悲しむでしょ」



 そう言って、アーデは深いため息を吐いて呆れたようにそう告げる。


 こちらの思惑はお見通しという訳か、最初からこちらだけで処理するつもりだったんだけどな。


 とはいえ、確かにアーデが言うようにキネが悲しむ姿を私も見たいわけではない、仕方ない、ここは妥協するしかないか。



「わかったよ、情報はちゃんとキネとレイの奴に共有する」

「……仕方ないわね、ほら」



 そう言って、アーデは簡単なメモに住所を書くと私に手渡してくる。


 なるほど、裏街の住所か、所在地だけは掴んでたんだな共和国の諜報部隊は。


 ただし、自分達の手柄にしようと功を急いだあまり、グリーデンの力に対抗できずに全滅させられてしまったという具合だろう。


 他の部隊、特にレイや彼女の率いる特殊工作員に情報が出回っていないのはきっとそういう事だ。


 私は席を立つとメモをポケットに仕舞い、アーデに感謝を述べる。



「悪い、助かった」

「……これで、ナーガの時の借りはチャラね」

「ヘイヘイ、わかったよ。じゃあな」



 あまり、今の状況で彼女と一緒にいる事は得策ではないと考えた私はすぐに店を出ると急ぎ足でキネのいる店へと向かう。


 出来るだけ、早くこの情報を伝えてやったほうが良いと考えたからだ。


 それに、店を早く出たのにはもう一つ理由がある。


 それは先程から、私の後を明らかに尾行してくるような気配を感じるからだ。


 しばらくして、人通りが少ない道に差し込んだ辺りで私は立ち止まり、尾行してくる人物に向かい声を上げてこう告げる。



「おい、いつまで隠れてる気だよ、バレバレなんだよお前」



 そう私が告げると、背後からゆっくりと尾行していた人物が姿を表す。


 私はとっさにグリーデンが口封じに付けに来たとばかり思い込み、懐に忍ばせていた拳銃に手を掛けて身構え、ゆっくりと振り返る。


 だが、姿を現した人物は奴ではなかった。


 そこに立っていたのは、短刀を携えた腰まである綺麗な白髪を背後に束ねている女性だった

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