ネクロフィリア(死の芸術家)





 シドから新しい従業員であるネロちゃんの話を聞き終わった私はため息を吐き、頭を抑える。


 ネロちゃんがまさか、そんな境遇があったとは思いもしなかったからね。


 とはいえ、別に今は私の家に住んでいるし特段問題はないのだけども。


 私は懐から今回の情報金をシドに渡そうと封筒を取り出して置く。



「あーそうだ、キネ、もう一件あった、お前に伝えておかなきゃならない事が」



 私が机に封筒を置いたと同時にシドは思い出したようにそう告げてきた。


 ん? 私に伝えておかなければならない事? 一体なんなんだろう。


 私は首を傾げつつも、シドのその言葉がどうにも引っかかり、ひとまず、こう問いかけた。



「伝えておきたい事?」

「そうだ……」



 シドはそう告げるとタバコの煙を吐き、そのタバコを吸い殻入れに押し付けて火を消す。


 先程と同様にかなり深刻そうな表情を見るに、今から話すことがただ事では無いことが容易に想像できる。


 シドはゆっくりと私にこう語り始めた。



「実はな……。

 スラムの裏街、この街の中でもヤベーとこなんだが、ネクロフィリアって言うイカれた野郎がどうもこの街に滞在しているらしい」

「……ネクロフィリア? 聞いたこと無いな」

「旧帝国のヤバい錬金術師だよ、イカれたサイコ野郎さ」



 私はそのシドの話を聞いて眉を潜めた。


 旧帝国の錬金術師でシドがそこまで言う人間って事はかなり人格的にも破綻してる可能性がある。


 言っては悪いが、旧帝国の錬金術師は本当に中には狂人レベルで頭がおかしくなった人間も在籍している事は普通にある。


 シドは真剣に私の目を見たまま、話を続け始めた。



「お前さんも一度戦場で交戦経験がある奴さ、デルト・グリーデン、名前くらい聞いたことあるだろう」

「……っ! エンパイア・アンセム……」

「そう、あの十一人の中の一人だ」



 私はその言葉を聞いて思わず頭痛がする頭を抑えた。


 エンパイア・アンセムとは帝国が国中から招集した錬金術師達の中で選抜され選ばれた十一人の選りすぐりの錬金術師達の事である。


 全員が大佐クラスから大尉クラス、上位三名は大将というとんでもない錬金術師のスペシャリストが所属する組織、それがエンパイア・アンセムだ。


 たが、今は帝国が割れ、エンパイア・アンセムもそれぞれ別れた、または、何人かは野に降ったと耳に入れた事はある。



「特にグリーデンはやばい奴でな? 

 エンパイア・アンセムなら、帝国での地位は最低でも大佐クラスが普通の筈なんだが、奴は唯一、准尉だったんだ」

「何? それはまたなんで……」

「奴に大きな権限を渡したら危険だと判断されたからだろう、現にアイツは自分の手で部下を何人も殺してる」



 私はそのシドの言葉にグリーデンに対して嫌悪感を抱いた。


 自分の部下を殺すなど考えられない、時には戦場で背中を預ける事になる大切な仲間であり人材であるというのになんて奴だ。


 サイコ野郎とシドが言っていた理由はよくわかる。なんで、軍を辞めたのかも、大方、自分の昇進が見込めなくなったからだろう。


 そして、本題だが、何故、奴の名前がネクロフィリアという名前なのか、シドはこう話し始めた。



「これ、お前に話すか迷ったけどな……。

 奴は自分の殺した人間を解体して、その素材を使って家具を作り、裏で売ってやがるのさ……」

「……っ⁉︎ ……な、なんて事を……」



 シドの話を聞いていたケイは背筋が凍りつくような感覚を感じた。


 人間の死体を使って家具を作るなんてイカれているというレベルの話ではない、しかも、そんな危険人物がこの街に滞在してるというのは気分が悪いどころの騒ぎではないし、家具を人の幸せの為に作っている私にとってはこの仕事を冒涜されている気分だ。


 胸糞悪すぎる、私は思わず怒りのあまり今すぐにでもそいつのところに行って殺してやろうかと思った。



「落ち着けキネ……」

「……奴相手じゃ警察くらいじゃ手に負えんだろ」

「あぁ、そうだ、だが、事を荒立てて事態がデカくなれば他の連中にも被害が及ぶ、錬金術師のお前ならわかるだろ」



 頭に血が登っている私に対して、言い聞かせるように手を握り制してくるシド。


 確かにシドが言っている事にも一理ある、むやみやたらな錬金術を使った争いになれば間違いなく他に被害が出てしまうし、しかも、相手が狂人ならそれ以上の犠牲者が出てしまう事だって考えられるわけだ。


 だが、そうなるとどうするべきか分からなくなる。私とて、どうにかしたい思いはあるし、奴を消すなら大賛成だ。



「……先日、電話があってな。四日くらいでレイの奴が特殊工作員を引き連れてこの街に来ると連絡があった」

「……隊長が?」

「あぁ、そもそもこのタレ込みはレイからだぞ? お前、手紙読んでなかったのか?」

「あっ……」

「だろうな、最初に話題を振った時の反応見てそんな事だろうと思ったよ」



 そう言って、呆れたように頭を抱え、ため息を吐くシド。


 私は先日届いた手紙の事を思い出す。


 また再招集の手紙かと思って目を通さず、封をしたまま放置してたから、その内容までは把握していなかった。


 まさか、そんな話が書いてあるなんて思ってもみなかった。毎月送られてくるもんだから、てっきりまた同じ内容かとばかり考えていた、これは、完全に私の落ち度である。


 シドは改めて、私の目を真っ直ぐに見つめると念を押すようにこう告げてきた。



「だからそれまでお前は大人しくしてろ。

 事が動いたらまた報告するから心配すんな」

「わかった」



 私は真剣な表情のシドの言葉に小さく頷き答える。


 流石に共和国軍部も今回の事態に危機感を感じてるのだろう、まさか、隊長であるレイを派遣してくるとは思いもしなかったな。


 特殊工作員を導入して、事の処理を行わせようとしているあたり、もう既に奴による被害や犠牲者が何かしら出てきているのだろう。


 そう言われてみれば、最近、ニュースで街中での失踪事件の話題が上がっていた事を私は思い出した。


 私はシドの事務所の扉を開き外に出ると、タバコに火をつける。



「デルト・グリーデンか……」



 戦時中、一度、私と交戦した経験があるとシドは言っていたがいつの頃の戦場でか、まだはっきりと思い出せない。


 思い出せないが、奴をこのまま野放しにしていれば、その犠牲者はきっと今後も増えていく事になるだろう。


 それに、同じ家具を扱うものとして、奴のような人間を私は許してはおけない。


 必ず、見つけ出して後悔させてやる。


 私はそう、心の中で強く思いながら、シドの事務所を傘をさして、後にする。


 来た時には晴れていた良い天気が気がつけば静かな雨がザーザーと降ってきていた。

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