調査

 



 それから数日経って、私はシドの元を訪れていた。


 というのも、要件はネロちゃんの事についてだ。シドは職業柄、こういう事に関して情報網が広く非常に優秀な『バンデット』なのである。


 まあ、街一番と言っても過言ではないかな? 軍にいた時はシドが1番の兵士だった訳だし。



「おーいシドー、いるかい?」



 私はいつも訪ねるように扉を3回ほど叩いて問いかける。


 どうせまた、凄い格好で出てくるんだろうな、だいたい下着姿だし、事務所にいる時は。


 すると、出てきたのはなんと、不機嫌そうに服を着たシドだった。とはいえ、露出が多い格好である事は間違いなく、これだけで普通の男は悩殺されてしまう事だろう。


 しかしながら、私としたらだいぶマシな格好である事に間違いない。



「よぉ……キネ、なんの用だ?」

「……珍しいな、君が服を着てるなんて」

「ケイの奴が煩くてなぁ、私が下着になると口酸っぱく言ってくるもんだからよ、まあ、中に入れよ」



 そう言って、シドは深いため息を吐き、私に事務所の中に入るように促してくる。


『ケイ』というのはシドがここで預かっている帝国のガラパという街の市長の娘であるケルズ・サラの事である。前に話したとは思うが、彼女はここで偽名を使いシドに匿って貰っているのだ。


 とはいえ、もう匿って半年近くくらいになる為、シドもケイもすっかり馴染んでしまったようで、今では彼女と生活する事が普通になっていた。


 そのおかげか、部屋は綺麗に片付いているし、前みたいにゴミが散乱したりとかはしてはいない。


 おそらく、ケイちゃんが定期的に片付けてくれているからだろう。



「まるで夫婦みたいだな」

「茶化すなよ、キネ、わかってるだろ?」

「はは、冗談さ」



 私は軽く冗談を言うとゆっくりとシドの机とは対面の椅子に座る。


 流石にこれ以上茶化したら、シドが怒りそうなので言わない事にした。とはいえ、ケイのおかげで生活が改善したんだからあらがち間違いじゃない気もするんだけどな。


 半年も過ごしていれば間違いの一つや二つくらいありそうな気もするんだけど、まあ、女同士だからそんな事は無いか、いや、でもシドだからなぁ…。


 シドはタバコに火をつけると煙を吐き出し、まっすぐに私を見つめながらこう告げる。



「安心しなよ、キネ、私が抱くのはお前だけだ」

「ブレないなぁ……シドは」

「この間のデートもなんやかんや言って面白かっただろ?」



 シドはそう言って、嬉しそうに笑っていた。


 ちなみに抱くとは言っているが、シドに私は抱かれた事はない。…婚約者のこともあるからね、まだ、気持ちの整理的についてないというのもあるんだけど。


 そんな中、私の机の上にそっとコーヒーカップが置かれる。


 コーヒーカップを置いてくれた人物に視線を向けると、そこには以前は長く美しい栗色の髪だったにも関わらず、バッサリと髪を切り肩くらいのショートヘアに跳ねたような癖毛の髪型に変えたケイ(ケルズ・サラ)の姿があった。


 何というか、思い切った髪型にしたものである。というか、先月来た時までロングだったのに勿体ない気はするが、これはこれで似合っているので私としては新鮮な気持ちになった。


 コーヒーカップを置いてくれたケイは嬉しそうな笑みを浮かべながらこう告げる。



「いらっしゃい、キネさん」

「うん、ありがとう、髪型似合ってるね」

「ふふ、ちょっとイメチェンしてみました」



 そう言って、恥ずかしそうに顔を赤めらせるケイ。


 そんなケイの姿を見ていたシドはつまらなそうにハァとため息を吐く、どうやら、私と楽しそうに話しているのが面白くないようだ。


 おや、やきもちかな? とか考えつつ、私は出されたコーヒーを口に運ぶ。



「身バレ防止と仕事の邪魔にならないように私が切らせたんだろうが。

 切る前はあんなにブーブー言いながら涙目になってた癖に」

「んなっ⁉︎ そ、それは言わない約束だったじゃないですか! シドさん!」

「気が変わった」

「はぁ⁉︎ シドさんって本当そういうとこですよ!」



 そう言って、シドと痴話喧嘩をしはじめるケイ。


 まあ、こんな風に互いに言いたいことが言い合える仲になってくれたのは良い事だ。私としてはそれを私を挟んでやらないで欲しいなとは思うけども。


 すると、ケイは座ってる私に腕を絡めながらシドに向かってこう告げはじめる。



「だいたい、キネさんに抱かれるのは私ですっ! 勘違いしないでくださいよね!」

「はぁ? キネがいつお前の物になったんてんだ! ふざけんな!」

「おーい、私を巻き込んで喧嘩するのはよしてくれないかい? 私、一応、クライアントなんだけどー」



 強引に腕を絡めてきたケイとそれに怒るシドに挟まれ、二人を宥めるように告げる私。


 まあ、元男という点に関しては、こんな風に女性達に囲まれるなんてのは嬉しい事は間違い無いのだが、何というか、肉食過ぎないかな君達。


 とりあえず話が進まないので私はコホンと咳払いをするととりあえず本題について語りはじめる。



「まあ、今回の依頼についてなんだけど、新しく雇ったウチの従業員についてなんだ」

「……あん?」



 ケイと取っ組み合いをし始めていたシドは私の言葉にすぐに耳を傾ける。


 私は胸元からネロの写真を取り出すとゆっくりとそれを差し出すように机の真ん中に置いた。


 新しく雇った従業員、まあ、この場合はネロだが、身元の確認をするために今回、ここに来たというか訳だ。


 私はその事について簡単にケイとシドの二人に説明する。



「ネロ・キマナ……ね」

「何か知ってるのか? シド」

「……あぁ、……確かな」



 そう言って、シドは再び椅子に座ると私が持ってきた写真を手に取り、じっと見つめはじめる。


 すると、何か思い出したのか、シドは忌々しそうな表情を浮かべて深いため息を吐いた。何か思い当たる事があったのかゆっくりと話をしはじめる。



「思い出した……ネグレクトされてたって娘か」

「ネグレクトって……」

「育児放棄だよ、両親がずっと家に帰らず餓死寸前のところで教会に保護された娘だ……確かな」



 シドは表情を曇らせながら、苛立ったように私に告げる。


 育児放棄、つまり、ネロは長い間、両親から食事もろくに与えられる事なく時には虐待を受けていたという話だった。


 私はその言葉に衝撃を覚えた。こんな可愛い娘を育てもせず、ましてや虐待するなんて考えられないと。


 しかしながら虐待された痕は私は見ていない、その事についてシドは頭を抱えながらこう告げる。



「預かった教会が消してくれたんだろうな、子供のトラウマを考慮するとクソったれな親が残した傷痕なんて消した方が良いに決まってる」

「しかしながら、なんでそんな……」

「世の中にたくさんいるぞ、そんなクソみてーな奴は、私が大っ嫌いな人種だ、もし目の前に居たら引き金を迷わず引いてやるがな」



 シドは怒りを隠そうとせず、ケイと私に言い切った。


 私としてもとてもじゃないが許せそうにないと思う、きっとシドと同じ心情だ。あの娘の事を理解してきたからこそ、余計に許せないでいる。


 しかしながら、ならば何故、ネロは教会に居なかったのだろう? 確か彼女は橋の下で過ごしていたと私に話をしてくれた。



「おそらく、今、十七歳だったか? その娘、多分、脱走したんだろうな、珍しくないさ、教会から逃げ出すなんてのは」

「どのくらいの間、一人で生きてきたんでしょうね……」

「さあな、でも逞しい女の子だよ、この娘は」



 シドはタバコに火をつけながら悲しげな表情を浮かべ、机に写真をそっと置く。


 シドの家庭も同じような境遇だった、ただ、違うのは教会で預かって貰った時に養子にしてくれる優しい家庭に恵まれた事だろう。


 それが、私の実家の隣で、そこから、私とシドは幼馴染みとして一緒に育ったという経緯がある。


 だからこそ、ネロの味わった苦しみや痛みがシドにはわかるのかもしれない。

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