過去からの誘い
シドの元を訪れた後から数日が経った。
私はいつも通りにネロちゃんと共に店を開いている。
今では、接客についてはシドちゃんに任せている。ある程度、仕事を覚えてくれば成長するのも早いし、特にネロちゃんは根が真面目なので覚えるのも早い。
早速、今もお客さんに家具の紹介をしている真っ最中だ。
「……こちらはアカネの木を使った机です、色はアカネの木の紅葉を混ぜた赤を使ってます……」
「へぇ……、良いわね、落ち着く赤だわ」
実際に家具の錬成や生成も最近は行わせてあげてるので、うちで取り扱ってる家具自体の素材の種類なんかも結構、理解できているようだ。
ネロちゃんの場合はどちらかというと接客より、家具作りの方が特化している。かなり筋は良いし、センスもピカイチだ。
元々、ものづくりの才能があったのかもしれない。
お会計を済ませて店から立ち去っていくお客さんを見送るネロちゃんの背中を見ながらそんな事を考えていると仕事を終えたネロちゃんがこちらに歩いて来た。
「マスター……素材……」
「ん?」
「工房の素材……、もう無い……」
私はネロのその言葉にふと、家具の錬成、生成に使う素材が無くなりつつある事を思い出した。
仕方ない、こうなれば仕入れにいくしかないだろう。
私はネロちゃんを連れて、早速、素材専門店の『コレクター』に向かうことにした。
出来るだけ、良い素材が入っていれば良いのだけども。
最近、ネロちゃんのおかげで新規のお客さんも増えて来たから家具の売れ行きも上々になってるので素材の消費する量も比例して早くなっている。
これはどちらかというと嬉しい事なんだけどね。
「さて着いた」
私は車を『コレクター』の前で駐車し、車からネロちゃんと共に降りる。
最近はちょくちょくこの店にも顔をよく出すようになったのでネロちゃんはこの店の店主であるザックとも既に面識はある。
まあ、ザックは私の元部下だしな、いつもどおりにザックから素材を仕入れるだけなんだが。
私はお店の扉を開き、ネロちゃんと共に店の中へと足を踏み入れる。
だが、今回は少しばかりは事情が違ったようだ。店に足を踏み入れた途端、目を見開く。
「……あ……」
「ん……?」
そこに立っていたのはスラっとした後ろ姿の軍服を着た、腰くらいに長く綺麗な銀髪の女性だった。
彼女は私の方へ振り返ると昔と変わらず、綺麗な翠の瞳で真っ直ぐにこちらを見つめて来ている。
私は肩を竦めるとにこやかな笑みを浮かべてゆっくりと彼女に話しかける。
「お元気そうですね、レイ隊長殿」
「キネ……」
そう言って、私の名前を呼ぶ軍服の女性。
彼女こそ、私の元上司であり、現在、共和国軍での錬金術部隊を統括している隊長であるレイ・サノール、その人である。
しかしながら、彼女は確か戦時中の功績から更に昇進し、現在は大将にまでになっていたはずだ。
基本的には共和国には三人の大将がいる、そのクラスの人がこんなところに足を運ぶなんてのは普通は考えられない事だ。
すると、レイ隊長は歩を急ぎ足で私の方に進めてくるといきなり激しく抱擁してきた。
「会いたかったぞ、キネ……」
「レイ隊長……、あの」
「レイで良い……。馬鹿者……何故軍に帰って来なかったんだ」
そう言って、ギュッと抱きしめてくるレイ隊長に私は困ったような表情を浮かべ、首を傾げるネロちゃんに苦笑いをした。
いやはや、そこまで言われるとは思いもしなかったな。
正直、私は私は左目を失っていて失明しており、それに右手は義手という身体だ。
そんな私をそこまでして、レイが求めているのか理解ができない。
確かに戦争中、苦楽を共にし、同じ隊で隊長であるレイとは親しかったとは思う、懐かしくはあるんだが、ここまでとは予想してなかったな。
「レイ、私はこの身体だし、私より優れた錬金術師は共和国にはたくさんいるだろう?」
「私はお前が良いんだ」
「……んー……いや、そこまで言われてもね」
そう言って、私は困ったように頬をかきながら抱きついて来ているレイから視線を逸らす。
以前はこんな風じゃなかったように感じるんだけども、私が軍から居なくなった空白の期間に何があったというのか。
私は仕方なく、レイを身体から引き剥がすとゆっくりとこう告げ始める。
「とりあえず、一旦私の店で話そう、仕事中なんだ」
「わかった、ならばお前の用が済み次第、移動しよう。積もる話もあるからな」
ひとまず、レイを落ち着かせた私は彼女の返答に肩を竦めると苦笑いを浮かべ、こちらを見守っていたザックに対して頷いて応える。
それを見たザックは、わかりました、とだけ答えると店の奥から私達が普段から仕入れている家具の素材を用意してくれた。
置かれた素材をひとまず車へと搬入しなくてはいけないので、私はネロちゃんとザックと共にそれを車に積み込むと後ろの座席にレイを乗せた。
それから、ザックの店を後にした私達はそのまま、店に帰ってくる。
店前に車を止めた私は申し訳なさそうにネロちゃんに早速、仕事をお願いした。
「ごめん、ネロちゃん……悪いんだけど、搬入お願いできるかな?
私、いまから後ろのお姉さんとちょっとだけ込み入った話があるから」
「ん……任された……大丈夫……」
「ありがとう、助かるよ」
私はお礼を告げて、車から降りると搬入をネロちゃんに任せる事にして、早速、店の中へと戻り、レイをソファへと案内する。
まさか、仕入れ先の『コレクター』であんな形で彼女と再会するとは夢にも思わなかった。
私はコーヒーを入れるとそれをレイの目の前にあるテーブルに置き、対面の椅子に腰掛ける。
さて、早速、本題に入るとするかな。
「それで、…… ネクロフィリアの件かい?」
「うむ、そうだ、シドとお前には手紙を出してたからやはり話は早いな」
「まぁね」
そう言って、私は懐からタバコを取り出して火をつける。
さて、ある程度はシドから情報は仕入れてはいるんだけども、軍部からはまた違う情報を持っている筈だ。
その事をレイも理解しているし、それを伝えに来たんであろう事はすぐに分かった。
レイはゆっくりとネクロフィリアという錬金術師の情報を私に語り始める。
「この街でここ最近、連続失踪事件があってるのはお前も知ってるとは思うが、明確に奴の存在を突き止めたのはここ最近の話だ」
「……続けて?」
そう言って、レイは失踪した人間の名前が入ったリストを取り出して、私に手渡す。
私は手渡されたそのリストに目を通しつつ、レイの話にそのまま耳を傾ける。
被害者はだいたい、女性が中心だというのは資料を見れば明らかであった。
私はその事実に改めて顔をしかめる。サイコ野郎で変態とはつくづく吐き気がするような奴だ。
「それと、実は新たに分かった事だが、数年前、だいたい7、8年くらい前だな、奴はこの街にいたことがわかった」
「ん……?」
私はレイはある写真を取り出すと、私の目の前に置く。
それは、8年前の写真、そこに写っていたのは殺害され、机の上で解体され横たわる女性の姿。
そして、錬金術を学んだ者であるならわかるのだが術式が机の上で施されている。その錬成の式を見ればどういった奴がこのような状況を作り出したのかは容易に推理できた。
私は追加でその時、錬金術式の写真をレイから提示され納得したように頷く。
「あぁ、帝国の錬金術師が使う術式だなこれ」
「解体の術式だ、すぐにわかる、以上の事から奴が7、8年前にこの街で滞在したことがわかった」
私は忌々しそうに写真を見つめる。
そんな前から、人間を素材に使った悪趣味な家具を作っていたのかと思うと吐き気がしそうだった。
大量殺人者、とっくに殺されていてもおかしくはないが、奴には殺されない腕と理由がある。それは、奴がエンパイア・アンセムだからだ。
「デルト・グリーデン……奴は戦場でお前に殺されたはずだったが、どういう訳か生き延びていた。
そして、また、この街に戻って来ているんだ」
「忌々しい奴だな……私なんて、つい最近までそんな奴の事なんて忘れてたよ」
そう言って、私はタバコの煙を吐き出しながらレイに言い切った。
軍から足を完全に洗ったと思いきや、アルバスさんの時のように負の遺産が毎回、こうして目の前に訪れる。
非常に不愉快極まりないし、私としては勘弁して欲しいといつも思うよ。
レイは肩を竦めると目の前にあるコーヒーカップを手に取りながらそんな私の姿を見て懐かしそうにこう呟いた。
「お前は昔と変わらないな……」
「性分なもので」
「うん、だからこそ、私はお前が好きなんだ」
私に迷いなくそう告げてくるレイ。
その言葉に私は思わずゲホゲホと咳き込んでしまった。いや、好きとかいきなり言われても私、今、女だぞ。
いきなりのレイからの言葉に動揺していた私は深呼吸して呼吸を整えると口を開きこう答える。
「……私、女なんだが」
「理解してるよ、だが、私は男の時のお前を知っているし、何より性別など些細な壁だ」
「シドと同じような事を言うね、貴女は」
はぁ、とレイの言葉に呆れたようにため息を吐く私。
何故、こうも私の周りには変わり者が多いのかわからない。唯一まともなのは、以前会ったフリーライターのクリスちゃんやケイ、ネロちゃんくらいなものだろうか?
いや、彼女達もどちらかというと変わり者の部類に入るかもしれないな。
コーヒーカップを机に置いたレイは笑みを浮かべたままこう告げる。
「久しぶりの再会に高揚してしまってるのかもな…すまないなキネ」
「いいえ、気にしていませんよ」
私は笑みを浮かべるレイにそう答えながら、肩を軽く竦める。
私だって、旧友であり、戦友でもあるレイとこうして久しぶりに再会できたのは心から嬉しい。
しばらく、昔話にも花を咲かせたいところではあるのだが、生憎、まだ、私のお店は営業中でネロちゃんは私の代わりに働いてくれている。
その事を理解しているレイはコーヒーを飲み終えたと同時に立ち上がり私にこう告げてくる。
「さて、そろそろお暇しようか、…キネ、仕事が終わって店を閉めたらシドの事務所まで来てくれ、そこでまた話をしよう」
「えぇ、わかりました」
「待ってるぞ」
それだけ告げるとレイは席から立ち上がり、そのまま店の扉を開くと立ち去っていった。
とりあえずひと段落ついた私はふぅ、と一息つき、店の営業へと戻る。
帝国の内紛、そして、それに呼応するかのように自分の周囲で起こる出来事。
果たして、私は自分の今の生き方をこれまで通り今後も貫き通していけるのだろうか?
そんな不安がよぎる中、私はいつものように店の仕事に戻るのであった。
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