グリーデン事件

新しい店員

 


 翌日、朝を迎えた私は昨夜泊まったクリスを駅まで見送り、再び店に戻って来た。


 最後まで名残惜しそうにこちらを見てきた彼女を送り出すのはなんだか寂しい気はしたけど、まあ、互いに仕事だから仕方ない。


「絶対また来ますからね!」とクリスが涙がらに私に訴えて来た時は大丈夫かなこの娘? とは思ったりはしたけど、それだけ、私のところが居心地が良かったのかな? とちょっとクスリっと笑ってしまった。


 さて、今度来た時には、限定のケーキでも振る舞ってあげようかな。



「さて、店を開く準備でもしようかな」



 私はとりあえず、開店の準備に取り掛かる。


 ご飯食べていくにはやはり、商売していかないと食べてはいけないものだ。暇があるときに家具もそれなりに作っておいたから後は買いに来る人を迎えるだけなんだけども。


 店の札をオープンに変えるといつも通りに椅子に座り、タバコに火をつける。



「ふぅー、……さて、今日は誰がくるかな」



 私は煙を吐きながら、新聞を広げる。


 店の売り上げはボチボチだ。私の営業スタンスはいつもこんな感じである。


 もちろん、お客さんがこない時はこんな風にやる気が無いように見えるが、店に来たお客さんには丁寧に家具の説明や紹介をする。


 新聞には連日、帝国内紛のニュースが入ってくる。


 それはそうだろう、戦争の結果次第では共和国にも戦時に再び突入する可能性がある。


 私のような元軍人も他人事ではない、その証拠に私の店の郵便物には共和国軍からの手紙が毎月届いているのだ。


 その内容は招集の要請、ただし、戦時ではないので強制ではない要請である。差出人は私に親しい元上司の隊長からであった。


 私は未開封のその手紙に視線を向けながら軽くため息を吐く。



「全く、あの人は……。私の事がよほど好きだな」



 私は、背中まで掛かる長い銀髪の凛々しい軍服の後ろ姿を思い出しながら呟く。


 レイ隊長は非常に優秀な隊長で優しい方であった。私がこの姿になって、シドから救出された際にも誰よりも早く駆けつけてくれて手を握り、涙を流してくれた事を忘れてはいない。


 懐かしいな、軍人時代はきつい事もあったけど、楽しいこともそれなりにあった。


 とはいえ、私も今のところ戻るつもりはないし、シドにもきっと同じような手紙が届いている事だろう。



「……ん?」



 そんな風に昔のことを思い出しながら物思いに耽っていると、扉の向こう側に人影が見えた。


 なんだろう? 来店かな?


 私は座っていた椅子から立ち上がると扉に向かい足を進める。


 そして、店の扉の前まで来ると、私は扉を開いて外にいる人物に目を向けた。


 そこに立っていたのは吸い込まれる様な肩に掛かるくらいの綺麗な翠色のショートの髪をした少女が立っていた。


 眼は吸い込まれる様な赤眼、猫みたいな眼をしている。


 まあ、全体的に見て猫耳を付けたら似合いそうな女の子だ。



「……求人…….」

「うん?」

「求人……見て……来た。ここで……働きたい」



 彼女はポツリポツリと店前で私に対して話をし始める。


 何というか、結構表情とかも起伏が少なく、顔出ちは整っていて可愛いのだけど、接客業とかこの娘できるのかな? というのが私の第一印象だった。



「とりあえず店に入るといい、中で話を聞こう」

「ん……」



 彼女は私の言葉にお人形さんみたいにコクンと頷き、了承してくれた。


 ここにずっと立たせておくわけにもいかない、なので、ひとまず、彼女を店に入れた方が賢明だろう、他のお客さんも来るかもしれないしね。


 とりあえず、机を挟んで改めて彼女に向き直る私はゆっくりと話し始める。



「驚いたね、君、家具が好きなのかい?」

「……うん、好き」

「へぇ、なんでウチの家具を?」



 私は笑みを浮かべながら、ポーカーフェイスの彼女にそう問いかける。


 とはいえ、本当に無口な娘である。可愛いだけに何というか愛想が良ければ即働いて欲しいところではあるが、今のところどうするか決めかねてるのが本音だ。


 商売柄、愛想よく、お客様に家具を紹介したり説明したりしなくてはいけないのがこの仕事であるし、無口過ぎてもお客さんとしても戸惑ってしまうだろうからね。


 すると、彼女はゆっくりと口を開いて私にこう告げて来た。



「……とても……暖かいから……」

「ん?」

「心が……暖かくなる……」



 彼女は顔を赤くしながら、恥ずかしそうに私にそう告げて来た。


 うん、思わずキュンとしてしまった。すごくその表情が可愛いし、何というか私も家具を褒められて少しだけ照れてしまった。


 よし、決めた、もうちょっと話を聞いてみる事にしよう。


 いや、私がチョロいって訳じゃないんだよ? こんなに可愛い娘が店で働いてくれるなら助かると思ったからだよ、本当さ。



「じゃあ、名前とか、自己紹介とかしてくれたら嬉しいな」



 私は笑顔を浮かべながら、彼女に告げる。


 例え、無口で話すのが苦手であったとしても一生懸命働いていれば、そんな些細な事は克服できる事だってある。


 別に即戦力でなくても、育てていく事に価値があるのだと私はそう思うし、私の店はそんな人を出せる様なお店にしたいと思う。


 真の社会貢献とは、必要とされる人間をたくさん育てる事である。


 こんな情勢だからこそ、私はこのお店をそんなお店にしたいなって思う。



「ネロ……、ネロ・キマナ」

「ネロちゃんか……良い名前だね」



 私のその言葉に恥ずかしかったのか、顔を赤くしたまま頷くネロちゃん。


 よし決めたこの娘、採用しよう、ウチで保護しないと!


 こんな可愛い子猫ちゃんを他所に取られてなるものか、私が絶対優秀な娘に育ててあげるのだ。


 その後、形式上の面接の形を取りつつ、私は彼女のことをもっと知るため、質問をしていく事にした。

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