そして、今
そして、話を終えた私はゆっくりとコーヒーカップを机に置く。
半年前の話だが、あれは本当に受けて良かったと心から思える仕事だった。
アルバスさん達にも、そして、アルバスさん達の為に戦場で戦った夢ある若者に対して、私が出来る精一杯をしたつもりである。
私の話を静かに最後まで聞き、メモを取っていたクリスの手がゆっくりと止まる。そして、その頬には涙が静かに伝っていた。
クリスはゆっくりと指でそれを拭いながら語り始める。
「良い話ですね……。何というか、切ないですけど……」
「……そうだな」
私もまた、クリスの言葉に同調するように頷く。
戦争は虚しい、戦争になればたくさんの敵兵を殺さなくてはいけないが、彼らにもまた愛すべき家族がいる。
だからこそ、本当なら起こって欲しくないし、皆、穏やかに平穏に暮らしたいと願っているはずなのだ。
だが……。
「しかしながら、その仕事が帝国内戦のきっかけになる事件と同時期というのが……」
「なかなか難儀なものだ」
また戦争の戦火が広がろうとしつつある。
あれから、帝国で内戦は勃発した。帝国は爆破テロが起きたガラパを中心に完全に割れてしまい、今もなお泥沼化した戦争は続いている。
共和国は現帝国と同盟関係であるが、積極的な軍事介入は今のところ行っておらず、また、ガラパの市長の娘であるケルズ・サラは黒い森にて行方不明になり、死亡したという扱いにされている。
なので、彼女はまだシドの元で家政婦というか一緒に住んでいる状態だ。
今は偽名を使って『ケイ』と名乗っている。まあ、馬鹿正直にケルズ・サラなんて名乗ろうものなら今頃、この街に旧帝国のスパイや殺し屋がやってくる事だろう。
下手をすれば、共和国も旧帝国との戦争に突入する可能性だってある。
「できればサラを生まれ故郷に返してやりたいが情勢が情勢だからな……」
「旧帝国がいつ共和国に宣戦布告してくるかもわかりませんからね……」
そうなれば、軍に所属していた経歴がある私やシドには間違いなく招集が掛かる。
不安定な情勢、完全な平和とは程遠い歪な平和が成り立っている。それが、今の現状だ。
とはいえ、国土では今のところ現帝国が勝っており、国力に関しても有利な状況が続いている。この調子で鎮圧までいってくれれば良いがなかなか厳しいだろう。
「さて、そろそろ寝るとしようか、これ以上話し込みすぎると長くなってしまうしな」
「はい! ……キネスさん! お話ありがとうございました!」
笑顔で頭を下げてくるクリス。
だが、私は肩を竦めると笑みを浮かべたまま彼女にこう告げた。
「何、大した事はしてないさ」
「いえいえ、記事の種が盛り沢山ですよ! 良い記事が書けそうですっ!」
そう言って、ふんすっ! と自信ありげに私に告げるクリス。
彼女なら良い記事を書いてくれそうだな。今回の取材は受けて良かったと本当にそう思う。
私は彼女に寝室を案内した後、一人、バルコニーに出てタバコに火をつける。
「家作りのキネス……か……」
タバコの煙を吐きながら私は一人、物思いにふける。
退役してから随分と経つが、まるで、戦場に重力があるかのようにそこに少しずつ引きずられているような気がしていた。
きっと、今頃シドも同じ気持ちなんだろう、それに彼女の元にはサラだっている。下手をすれば厄介ごとに巻き込まれてしまう可能性だってあるんだ。
今更ながら、友人にとんでもないものを預けてしまったなと少しばかり後悔していた。
だが、そんな中でも、唯一、嬉しい事がある。
私は懐から今日届いたある手紙を手に取った。
「……良かった、元気そうで」
そこには、感謝の言葉と四人で映るある家族写真が入っていた。
そう、差出人はアルバスさん達である。
幸せそうに赤ん坊を抱えた女性とアルバス夫妻が写っていた。場所は私が建てた別荘である。
家作りという仕事は、こんな人達の幸せにつながっている。
私だって、戦場に戻る事なく、こんな風に人の幸せにつながる仕事をしながら生きていたいのだ。
「……さて、私も寝るか」
タバコを吸い終わった私はその手紙を懐にしまいバルコニーから部屋へと戻る。
明日も店を開けないといけないしな、新しく作りたい家具だってある。
次はどんな依頼者が来るか、少しだけ楽しみだ。
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