二人の安らぐ家
アルバスさん夫婦を招き入れた私は、まず、玄関から案内する。
目の前に広がるのは奥まで引いている色鮮やかな赤いカーペットだった。
青サボテンの粉塵を使ったこのカーペットは素材の質の高さがよくわかるほどのさりげない高級感を醸し出している。
玄関から出迎えてくれるそのカーペットを見た夫妻は感心したように声を溢した。
「まあ、綺麗なカーペット……」
「靴箱の配置もお洒落だな……、観葉植物も実に良い」
「ありがとうございます、そう言って頂けて嬉しいです」
そう言って、早速、玄関から移動して次はリビングへ。
こちらも、私が力を入れた箇所でもある。リビングと言えば家の中の顔とも言っても過言ではないだろう。
普段から日常的に使うのはこのリビングとキッチン、そして、寝室だ。
その中でも1番に印象に残るのはリビング、私も家を見るならまずリビングがどうなのかが気になる。
「シャンデリアだけど、無駄に主張が激しくなくて、小振りで落ち着くわね」
「暖炉か……ログハウスには欠かせんな。
しかし、随分と手が加えられているね? これは……」
そう言って、ゆっくりと暖炉を確認するアルバスさん。
リビングを見た途端に関心した声を溢していた二人を見る限りでは感触は良さそうだ。
私は暖炉の素材を気にするかのように触るアルバスさんへ笑顔を浮かべたままこう告げる。
「マグマダイトを使ってます」
「そうか、通りで……、こんな色の暖炉なんて私は見たことも触った事もないよ」
アルバスさんは暖炉に手をつきながら、笑みを浮かべた。
私もこの暖炉の出来栄えには胸を張れる。
アルバスさんはニッコリと笑うと私の手を握りしめてきた。そして、リビングを見渡すと嬉しそうにこう語り始める。
「ありがとう、キネスさん素敵な家だ、さぞ、大変でしたでしょう?」
「いえ、そんな……」
そう言って、私は思わず顔を赤くする。
わざわざ苦労を労ってくださるなんて、本当にありがたい事だ。こうして、喜んでもらえるのも嬉しいし、自分の頑張りが認めてもらえたような気がする。
アルバスさんは人が良いからな、奥さんもアルバスさんと同じように感謝を込めて静かに頭を下げてくれた。
だけど、まだ、このリビングだけではない。
二人にはしっかりと見ていただきたいものが、私はあった。
「……あと、まだ見てもらいたい部屋があります」
「部屋?」
「えぇ、お二人には是非……」
そう、それはこの家の中でも私が力を入れた一室だ。
別荘であっても、この場所が二人にとって大切な場所になるようにしたい、そう考えて作った部屋でもある。
二階の一室にその部屋は作った。確かに暖炉やカーペット、シャンデリアなどいろんな家具にも力は注いだが、それ以上に大切なものをその部屋には込めたつもりだ。
私は先導するように二階に登るとその部屋の扉を開く。
「どうぞ」
二人は顔を見合わせると、扉を潜りその部屋に足を踏み入れた。
アルバスさんは奥さんの手を引くように、そして、アルバスさんの奥さんはそれに従うようにして中へと入る。
そこに広がっていたのは…。
「これは……」
「あぁ……、これって……」
そう、それは綺麗な川の風景を見渡せる部屋。
もちろん、それだけではない、この部屋は特別な部屋だった。
そう、その部屋はかつて自分達の息子が過ごしたいと口を溢して、望んでいた部屋だ。
窓の側にはキャンバスが置いてあり、美しい風景を観ながら絵を描くことが出来る。
アルバスさんの趣味は絵を描く事、そして、殉職した息子さんが目指していたのは同じく絵を描く事を仕事とする画家であった。
だから、自然に囲まれた別荘に移り住みたいと、彼はアルバス夫妻に対して戦争に行く前に話していたのである。
「おぉ……! この部屋はあの子の……」
「そうです、アルバスさんのご要望通りに」
「あぁ……素晴らしい……っ!」
アルバスさんはそう言うと静かに涙を流していた。
アルバスさんはこの別荘で息子と並んで、絵を描きたかった。
戦争というものとは無縁のこの場所で、奥さんと息子さんと、できればその家族と共に穏やかに生活をしたかったに違いない。
「まるで、あの子が……、帰ってきたみたいですね」
「あぁ、本当だ……」
二人は目頭を拭いながら、息子の事を思い出していた。
戦地に行く前に彼は迷いなく、国の為に戦う事を誓い自分達に敬礼をし、目から涙を流しながら勇ましく家から出て行った。
彼が向かわされるのは戦場の最前線、そして、その戦地は激戦区である事は二人とも承知していた。
戦場に向かう彼は婚約者に必ず帰ってくると誓い、そして、戦場で守るべき人達の為に最後まで戦い抜き散ったのである。
だが、そんな勇気ある彼のような人間のおかげで今の平和な共和国が存在し、アルバス夫妻が生き残る事ができていた。
静かに涙を流すアルバスさんの奥さんは震える声でアルバスさんにこう告げる。
「……ラーナさんにも見せてあげたいわね」
「あぁ……、是非、連れて来よう」
そして、幸いなのは、彼が戦地に行く前にその婚約者との間に子供を身篭っていた事だろう。
本当なら全員でこの家で過ごして欲しかった。
私もアルバス夫妻のやりとりを見て思わず目頭が熱くなる。同じように隣に控えていた執事さんもハンカチで目元を拭っていた。
ふと、この部屋で目を瞑れば、きっとある光景が頭の中で思い浮かんでしまう。
自然が広がる窓の側で、嬉しそうな二人の老夫婦と笑顔を浮かべている若い夫婦と小さな子供が絵を描きながら談笑をしている光景が。
少なくとも、今、この部屋にいる私達にはその叶っていたかもしれない光景が頭に浮かんでいた。
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