一夜明けて


 


 翌朝、私は陽が上り、周りが安全である事を確認すると、寝ているサラを起こしに行く。


 昨日は仕事の他にも余計な事に巻き込まれて大変だった。



「ほら、朝だよ、起きなよ」

「んーまだぁ……」

「まだぁじゃないって……、もう」



 私はそう言いながら、苦笑いを浮かべて優しく寝ているサラの頭を撫でてあげる。


 昨日は怖い思いしたから、ゆっくりと休ませてあげたいところなんだけど、場所が場所だからね、早くこの場から立ち去った方が賢明だ。


 私は荷物を片付けて撤収の準備に入っている。後はテントだけだ。



「さぁ、もう行くよ、起きて」

「んあ……」

「あははは、すごい寝起き! ほら、お湯の桶が外にあるから顔を洗うといいよ」



 私がそう言うと彼女はまだ寝ぼけているのかフラフラしながらお湯の入った桶まで歩いて行く。


 足踏み外して落下しないか心配だなぁ、本当に。


 心配した私は彼女の様子を見ながら、準備した物を仕舞う。


 顔を洗い終え、髪も整えた彼女を迎えた私は滑車を使って下へと降りる。


 そして、滑車を木の上に戻すと一息ついてタバコに火をつけて煙を吐く。



「さてと、それじゃちょっと荷物が多いから手伝って貰えるかな?」

「はい! もちろんです!」



 荷台を錬成した私はそこに仕留めた獲物を積んだクーラーと毛皮を載せて、乗ってきた車へ向かう。


 キャンプ地はテントだけ回収して、あのままにしといて大丈夫だろう。また、この森に来る事もあるだろうからね。


 車についた私達は荷物を一通り積み込む。


 そして、私は助手席にサラを乗せると鍵を回し、エンジンを付けて車を発進させる。


 まずはこの娘を預けるところがいるだろうね、なにやらテロリストが絡んでいるようだから、彼女の事は一旦シドに渡しておいた方がいいだろうな。



「これから私の知人に君を預けようと思うのだけれど、構わないかい?」

「え?」



 貴女が頼りなのにという視線を向けてくるサラ。


 うん、そんな眼で見られると困るんだけどなぁ…、今は仕事があるし、それにそういう厄介事はシドの方が慣れてるんだけど。


 私は彼女の肩をポンと叩くと心配そうな表情を浮かべる彼女に笑みを浮かべたままこう告げる。



「安心したまえよ、大丈夫、信頼がおける私の友人さ。少し荒っぽいが優しい人だから問題ないよ」

「で、でも……」

「追われてるんだろう? 事情は深くは聞かないが、何にしても彼女の元にいれば襲われる事はないだろう」



 私は仕事があるから、彼女を付き合わせる訳にもいかないし、面倒を見きれる自信がない。


 テロリストがどんな奴らかは知らないが、まさか、『赤い狂犬』と呼ばれていたシドに挑むほど愚かではないだろう。


 だって、彼女、私より強いからね。



「ほら、話しているうちに街が見えてきた」



 私はサラに前を向くように促す。


 見慣れた街が見えてくる。昼時だからか街はどこか賑やかだ。


 私はしばらく車を走らせるとシドの事務所がある裏路地へとやってきた。車からサラを降ろすと一緒に階段を上がり、扉の前にやってくる。



「おーい、シド! いるかい?」



 ドンドンと扉を叩く私、しばらくするといつものように上下とも赤に黒のラインが入った下着姿のシドが扉を開いて現れる。


 その姿に私は頭を抱える。本当にこの娘はもう、デリカシーというか恥じらいが一切ない。


 隣にいたサラもシドの凄い姿に顔を真っ赤にしたまま鯉のように口をパクパクさせて呆然としてきた。


 うん、正しい反応だ。



「あ〜……。なんだキネか、今度はなんの用だよ」

「なっ……‼︎ な……っ⁉︎」

「あーもう、なんで君はいつもそうなんだ!」



 そう言いながら、私は服を着ていないシドの背中を押して部屋の中に押し込むように入る。


 その後ろから、意識を取り戻したサラが続くように中に入ると慌てた様子で素早く扉を閉めた。


 そして、私は彼女の部屋を見渡すとゲンナリとする。


 おかしいな、この間、掃除したばかりなんだが、またえらい散らかりようだ。こんなのを見たらまた頭を抱えたくもなる。


 ビールの缶、酒瓶、つまみのゴミ、散らかった書類、いつものことなんだけど、また私が掃除するのかこれ。


 私は深いため息を吐くと、面倒そうにソファに座るシドにこう告げる。



「……さて、君の家に来た理由だけど、しばらくこの娘を預かって欲しいんだ」

「あん? なんだよそれ」

「君がいつも部屋を散らかすものだから片付けと掃除のできる娘がいるだろ? そう言うことだよ」



 私はジト目でシドを見ながらそう告げると、シドはギクリと図星を突かれ、私から視線を逸らした。


 そんな風にごまかしても駄目だ。私の目は欺けないぞ。


 私はサラの肩をポンと叩くと本題を兼ねて詳しい内容をシドに語り始める。



「彼女はケルズ・サラ、帝国のガラパという街の市長の娘だ……。

 実は彼女はテロリストに狙われていてね」

「おい」



 私の言葉を遮るように先程までふざけていたシドの眼差しが鋭いものへと変わる。


 彼女は生粋の帝国嫌いだ。その理由はたくさんあるが、1番の理由は私のことがあるからだろう。


 人体実験や生物実験を推奨していた帝国と共和国との溝は講和したとはいえ、未だに根深い。


 憎しみが全て消えてしまうほど甘いものではないのだ。


 特に私やシドは軍隊で同胞を殺され、たくさんのものを失った。私とて、その事を忘れたわけではない、だが、それでも私達は先に進まなければならないのだ。



「……君が帝国嫌いなのは知ってるさ、でも、この娘は戦争とは関係ない、怖い想いをしてここまで逃げてきたんだよ」

「ならわかるだろ、……お前だって」

「シド、私達はもう軍人じゃないんだ」



 私はシドの目を見ながら真剣な表情でそう語る。


 帝国も変わろうとしている。そして、彼女はその変化に巻き込まれたただの犠牲者だ。


 なら、手を差し伸べてあげなければ可哀想だろう、彼女は逃げてきた一人の少女に過ぎないのだから。


 シドは悲しげに見つめる私の目を見ると、深いため息を吐き、赤い頭を掻きながらこう告げる。



「全く……。お前がそう言うなら頼まれてやるよ」

「シド」

「勘違いすんなよ、私は帝国は嫌いだ。

 これだけははっきり言っておくぞ。いいか、そこの嬢ちゃんが妙な真似したら……」



 そう言って、シドが栗毛の髪をした瑠璃色の瞳の少女を真っ直ぐに指差すと彼女の眼からは透明な滴が溢れ出るように流れ出ていた。


 その事に私とシドは顔を見合わせて思わずあたふたする。


 まさか、サラが泣き出すなんて思わなかったものだから、どう接したら良いかわからない。


 だが、泣きながら彼女はゆっくりと口を開くと私達に何度もこう告げる。



「ありがとう……っ! ありがとうございます……っ‼︎」



 何も事情がわからない私を受け入れてくれて感謝しかない。


 サラの心の内はそんな感情で溢れていた。テロリストと盗賊達に襲われた時にもうダメかもしれないと何度も諦めかけたけど、こんな風に助けてくれる人に巡り合わせてくれた神様に感謝しかない。


 サラはしばらくの間、私とシドが宥めるまでずっと涙を流しながら感謝の言葉を言い続けていた。


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