決行日

 




 あらかた、ナーガを捕獲する為の準備は整った。


 後は私とシドの腕次第といったところだが、とりあえずごちゃごちゃ考えても致し方ないのでトラックに物を詰め込む事にした。


 行けばどうにかなる、行けばわかるさ、色々と。


 私が作った強力な麻酔弾もシドに渡したし、私も『バレッタ』と充分な数の『メモリア』を仕入れてこうして持ってきている。


 後は獲物次第といったところだろう、なるべく早めに向こうについて罠と餌を仕掛けておかないといけない。



「ほら、行くぞ、店の鍵は閉めたか?」

「えぇ、大丈夫」



 私はそう告げると、戸締りを確認してお店の鍵を懐へと仕舞う。


 一応、店の中にはインテリアがあるから強盗に入られたりしたら大事だ。


 戸締りはしっかりとしておかないと盗まれてからじゃ遅い。



「よし! それじゃヘビ狩りと行きますか」



 私がトラックの助手席に座ると、シドはアクセルを踏み車を発進させる。


 意外と積んだ物が多いので、後ろでガシャガシャ言ってるような気がするが気のせいだろう。


 その大体はシドが用意してきた武器だったりする、万一のことを考えて強力な武器も一応、積んでいるのだそうだ。


 軍ではシドは色んな部署を渡り歩いている。


 特殊部隊だったり、空挺師団だったり、はたまた、戦車部隊だったりした。


 最終的には狙撃部隊に落ち着いたが、軍の中で彼女についた渾名が『赤い狂犬』、その彼女が積み重ねた功績を見れば敵兵が震えあがるのは間違いない。


 軽く戦果は3桁以上、具体的な人数は私もよく知らないのだが、私はシドと戦場で出会ったらまず戦いたくないと思う。


 奇しくも私が捕らえられた時、脱走して、大怪我を負った私を助けてくれたのも彼女だったりするから命の恩人でもある。


 そんな彼女も、戦争が終わり次第すぐに退役した。軍からは当然、引き止めもあったが、軍の中で彼女に逆らえる人間なんて指を数えるくらいしかおらず、こうして、無事退役した彼女は現在に至るというわけだ。


 私も錬金部隊ではそれなりの戦果はあげたんだが、彼女のそれと見比べると見劣りしてしまう。


 まあ、退役した今ではそんな事はどうでも良い事なんだけど。



「2人でこうしてドライブするなんていつ振りくらいだろうな?」

「そうだなぁ……、この身体になってからは初めてじゃない?」



 私はそう言うと肩を竦める。


 理由はそれだけではない、あの時は色々とあったし、そんな余裕もなかった。



「あははは、そっかそっか!  怪我もあったからねぇ、アンタは」



 そうシドに言われて、半年間くらいベットの上だった事を思い出し私は苦笑いを浮かべる。


 リハビリなんかは特に大変だった、最初は立つのも大変だったっけな。


 それでも、今はこうして元気に2人で仕事に向かう事が出来てるし、あの時の苦労なんてのはもう過去の話だ。


 私はお返しだと言わんばかりにシドにこう告げる。



「てか、貴女も軍辞めてあんな生活してたら太るんじゃない? というか少し太ったでしょ?」

「……んな! 失礼な! こう見えて毎日走ったり、軍でやってた筋トレはしてんだよ、ほらよく見てみろ」



 そう言って、運転しながら私にお腹を大胆に服を片手で捲り上げて見せつけてくるシド。


 なんでこんな大胆な事ができるのかわからない。からかったつもりだったが逆にカウンターを喰らう羽目になってしまった。



「あー! わかった! わかった! だからそのお腹を見せるのやめろ! 見えてるから!!」



 私は顔を真っ赤にしてシドに告げる。


 私相手だと、シドはいつもこんな感じだ。下着が見えてようが関係ない、まあ、女同士だからと言われればそうなのだけど。


 幼なじみだからというのもあるが、私はいつも振り回されっぱなしである。


 それでも、大切な人間の1人には変わりはない、私の大切な友人だ。



「もうそろそろか?」

「んー、地図を見る限りではそうだと思う」



 私は隣で家から持ち出した地図を広げながらシドに告げる。


 ここら辺一帯は自然も多く、特に凶暴な動物は生息してはいない。


 強いて言えばビックベアという大きな熊くらいだろうが、それも、普段は大人しく、人は襲わないし近寄らない。


 特にアルバスさんが指定した別荘を作る予定地なんかは凶暴な動物は一切居ないし、それどころか、夏になれば多くの観光客がキャンプに訪れるスポットだ。


 今は冬だから人も居ないが、それでも、このままナーガを野放しにしておけばいつか人を襲う事は間違いないだろう。


 なんたって本来は人を殺すために作られた生物兵器だ、凶暴な事は当たり前である。



「この山だな、見えた、よし」



 山と表記を見つけ、トラックのアクセルを力強く踏むシド。


 トラックは山道をグングンと力強く上がり、進んでいく、そして、しばらくして、開けたところに出ると、そこは綺麗な川があった。


 私とシドはトラックを止めて、車から降りると辺りを警戒しながら、河原へと降りて行く。


 既に『バレッタ』には弾を詰め込んであり、いつでも撃ち出せる状態だ。



「おいこれ見ろ……」



 私は何かを発見し、手招きするシドの元へと駆け寄る。


 警戒している中、何か手掛かりがわかれば今、自分達が置かれている状況も把握できる。


 シドから指差されているところに注目する私。



「血の跡……。おそらく動物の」



 そこには動物の血の跡があった。


 見た限り身体はかなりデカい、間違いなくこれをやったのはナーガの仕業とみて間違いないだろう。


 問題はなんの動物が襲われたかだが、その正体はすぐに判明した。



「ビックベアか……。毛の跡がある」

「ここらへんには生息していない筈、なんで…」

「毒で弱らせてここまで引きずってきたんだろう、ここら辺が完全に奴の縄張りになってやがる」



 顔を曇らせながら、そう分析するシド。


 それは間違いなく、正確な判断であった。ここらへん一帯がナーガの縄張り、そして、ビックベアはここよりも奥の森に生息しているため、自分の巣に餌を持ち帰って捕食したに違いない。


 だが、気配は今のところはない、罠と餌を仕掛けるなら今のうちが良いだろう。


 私とシドは協力してすぐに取り掛かった。時間はあまりない、いつ奴がこの場所に戻って来るかわからない。


『バレッタ』を使い、私は羊を囲うように三箇所に弾丸を撃ち込んだ。


 そして、『メモリア』が起動し、羊の周りに高圧の電撃が流れる電線が張られる。


 私とシドは罠を仕掛けるとすぐに近くの物陰に息を潜め、私は『バレッタ』に再び弾薬を込めると息を潜めた。


 後は掛かるのを静かに待つだけ、どのタイミングで来るかはわからない。



「さぁて、どんだけデカい奴か拝ませてもらうか」



 隣では強力な麻酔弾を装填したスナイパーライフルを構えるシドが笑みを浮かべている。


 ビックベアを捕食するくらいの大きさと考えるとかなりの大物だろう、錬金術を使いデカくしているのだから当たり前だが、一筋縄でいくのか不安だ。


 すると、しばらくして、地面を這うような音が私達の耳に聞こえてきた。


 ズル……ズル……、と僅かながらに聞こえていた音は次第に大きくなっていく。


 そして、私達はその姿を目視で捉える事ができた。



「デカいな本当」



 その大きさに思わず、私は感心するような声を溢す。


 体長が大体、戦車2台分くらいはあるだろうか、20m近くくらいはある。戦場で出たと言われているナーガが戦車の弾丸で貫けるくらいだから多分、二倍近くは大きい個体だろう。


 だが、やれない事はない、ナーガはゆっくりと羊に近寄っていくと上体を起こした。


 シドが握る銃にも力が篭る、だが、焦ってはいけない、まだ、ナーガは羊に食らい付いてはいない。


 様子を見るようにしばらく、羊を観察するナーガ。


 だが、あれだけの巨体を維持するのならば、それだけの食料が必要な筈、奴はお腹を空かせているに違いない。


 必ず、罠に掛かる、私は羊を真っ直ぐに見つめているナーガを観察して、それが確信に変わった。


 そして、ナーガは身体を後ろに軽くそらす、それから一気に羊に狙いを定めると…。



「シャァァッ!」



 一気に食らい付いた。次の瞬間、羊の周りに仕掛けていた電線にナーガが触れた途端、電流が一気にナーガに流れ込む。


 バチィッ! という音と共に弾け飛ぶ火花、それと同時に麻酔銃を構えていたシドは迷わずナーガの頭に向かい弾丸を発射する。


 麻酔弾はナーガの脳天に命中、だが、興奮しているのか、ナーガに効き目があまり無いように感じられた。


 すぐさまその様子を見て、私は物陰から飛び出すと『バレッタ』を構えてシリンダーを回転させてナーガに向かい発砲する。


 発射された弾はナーガには当たらず、上を通過する。


 その瞬間、私は発射した『メモリア』に仕込んだ術式を発動させた。



「release! (解放)」



 その言葉を『バレッタ』を構えたまま唱えた途端、ナーガの上を通過した『メモリア』が光を放ち、巨大な樹木が絡むようにしてナーガの動きを封じた。


 私が込めた弾には木の記憶を全て込めている。それをシリンダーを回し合成術を施して巨大な大樹として発現させナーガにぶつけたのだ。


 結果、大樹はナーガを絡みとるように発現し、奴の動きを封じているわけである。


 木の記憶は職業柄、かなりの頻度で使うのでストックはまだたくさんある。いくらでも撃ち放題だ。


 それを好機とばかりに、スナイパーライフルを構えたシドは何発も麻酔弾をナーガに向かって撃ち続ける。


 更に、弾がなかなか効かないと見るや、次は武器をショットガンに麻酔弾を込めてナーガとの距離を縮めた。


 私も自分の銃に弾を入れ直す、次は木だけでなく強力な麻酔の記憶を込めた『メモリア』も一発入れた。


 これで、もし、シドの麻酔弾が効かなかった場合は合成術で巨大な木でできた尖端に強力な麻酔を塗った槍を複数錬成し、一気にナーガに打ち込む。


 できれば、なるべく傷つけずに事を済ませたい、これで大人しくなってくれれば幸いだが…。



「終いだ!」



 ゼロ距離で、麻酔弾を数発ナーガの頭に撃ち込むシド。


 すると、しばらくして、暴れていたナーガは身体をグッタリとして、完全に沈黙した。


 あそこで近づけるシドの胆力も凄い、下手をすると噛まれるか毒液でも吐かれる危険性があったというのに、やはり、伊達にいろんな部隊を渡り歩いてないなと感心させられた。


 だが、事はそんなにうまくは運ばないものだ。


 ナーガは眼を見開くと一気に暴れ出し、私が拘束していた大樹を破壊すると尻尾を思い切り振り回す。



「シァァッ!!」

「ちっ…! クソ、仕留め損なったか」



 すぐにバク転する様にしてナーガから距離を取るシド。


 拘束を外したナーガは私に照準を定め、素早い動きで間合いを詰めてきた。


『バレッタ』を構えていた私もナーガの素早い行動に思わず身構える。


 私の方に向かったナーガを見たシドは焦ったように声を上げた。



「キネッ‼︎ 危ねぇ!」



 そして、ナーガは巨体を翻して巨大な尻尾を私に向かい、なぎ払うように叩きつけてきた。


 私は右手を盾にするようにして、それを真正面から受ける。


 身体は後ろに吹き飛ばされ、身体が軋むような音が聞こえた。それはそうだ、私達が乗ってきたトラックよりも大きなものが正面からぶつかって来たんだからその衝撃は計り知れない。


 だが、ナーガの攻撃を受け止めた私は口の中に血の味が広がる中、それを地面に吐き捨てるように吐くと真っ直ぐにナーガを見据える。



「……ペッ。 やっぱり並の相手じゃないな、けどまあ、私もそうだけどね」



 右手でナーガの攻撃を防いだ私の右腕の箇所は綺麗に破れていた。


 中からは特殊な義手が現れる。この義手は私が錬金術を使って合成して作った特殊な合金でできた義手だ。戦車の弾丸だって弾く事が出来る。


 私は戦争時の事をふと思い出した、生きるか死ぬか、生きるためには足掻かなければならない、強くなくてはいけない。


 そんな、忘れていた嫌なことをこの化け物を前にして思い出すなんて、腹が立ってきた。


 麻酔が効いてきたのか、ナーガはフラフラとしている。畳み掛けるなら今がチャンスだろう。


 だが、これ以上、麻酔を撃ち込むのは危険だ。なら、やる事は一つ。



「シド!!」

「……ッ! ……あぁ、わかったよ!」



 私がそう言うとシドはナーガに向かって石を投擲した。


 すると、ナーガはシドの方へと意識を向ける。これでいい、少しの間だけ、意識を逸らす事さえ出来れば!


 私は『バレッタ』に詰めていた麻酔の『メモリア』を抜き取ると、残りの大樹の『メモリア』が入ったシリンダーを回転させて、それを自分の背後に向かい撃ち込む。


 合成術を使った大樹の錬成、あとは一気に地面から噴き出るように出現したそれに乗っかり、一気にナーガとの間合いを詰める為の加速をつける。


 シドに意識を取られていたナーガは視界の死角から弾丸のように飛んでくる私に気づくのが遅れた。


 そして、私はその間に右の拳を大きく振りかぶる。



「…これで! ぶっ倒れろォ!」



 弾丸のように加速した私がする事はあとは振りかぶった拳を前に突き出すだけだった。


 ナーガの顔面を捉えた拳はガツンとものすごい鈍い音を立て、奴の顔を後ろに逸れるくらいに吹き飛ばす。麻酔も効いてきている中、この一撃は相当重いはずだ。


 私は空中で身体を翻すと無事に着地し、ナーガの方へと振り返った。


 すると、ナーガは力尽きたようにゆっくりとその巨体を揺らしたまま、地面へとドスンッという大きな音を立てて、倒れていった。


 それを確認した私とシドは疲れたようにその場に座り込む。



「はぁ……疲れた、麻酔、何発撃ち込んでんだこいつ」

「取り扱いに注意しないと危険ね、……ぁぁ……頭痛い」



 私は先程、オーガの尻尾で殴られた際の衝撃で揺れた脳のせいで起きた頭痛を引きずりながら頭を押さえ、そう呟く。


 何にしても、命があっただけ儲け物だ。


 加減を考えてこんな化け物相手にしなきゃいけないなんて死ぬほど大変である。


 とりあえず何にしてもこいつを引き取りに来てもらわなきゃならない、私は懐から携帯端末を取り出すとすぐにアーデに連絡をした。


 ようやくこれで、この場所に何の問題なく別荘が建てられる。


 私はアーデ達が到着するのを待ちながら、タバコを咥えて川を眺めながら座る。


 すると、気を利かせてくれたシドがコーヒーのカップを二つ持ったまま、片方を私に手渡しつつこう告げる。



「一苦労だったな、ほら、コーヒー、飲めよ」

「ありがと、……本業はこっからなんだけどね」



 私は肩を竦めながら大きなため息を吐き、シドから手渡されたコーヒーを啜る。


 家を建てるのが私の本来の仕事、今回のナーガはその為の障害に過ぎないし、もう会いたくないなと思う生物兵器だ。


 気がつけば、もう夕方だ。夕暮れが川の水面に映る光景はとても綺麗だった。


 自然を身体で感じるっていうのはこういう事なんだろうなと私はふと思う。


 そんな中、隣でコーヒーを飲むシドは私にこう話をし始める。



「なぁ」

「ん? ……何?」

「お前の仕事片付いたらここにのんびりバカンスにでも来ようか」



 そう言って、笑みを浮かべるシド。


 私はそんなシドの予想外な言葉に眼を丸くするが、しばらくして、静かに頷くとこう話をし始める。


 今回は結構な大仕事になってしまったし、それも悪くないだろう。



「そうだね……たまには休むのも悪くないかもね」



 川を眺めながらシドの言葉に賛同する私。


 それからしばらくして、他に協力を仰いだアーデが無事に到着し、麻酔で眠らせた巨大なナーガを回収するのを見届けた私達はトラックで帰路に着く事にした。


 帰りはクタクタになった私が可愛い寝顔で助手席で寝ていたとシドが後に話をしてくれたが、それは、それで、なんか恥ずかしかった。


 他人に寝顔を見られるのはあまり好きではないからね。


 そうして、私はようやくアルバスさんの別荘作りにようやく本腰を入れて取り組む下準備は整った。あとは作り上げていくだけだ。


 その後、自分の店に送ってもらい、シドと分かれた私はとりあえず、日を改めて、また、この場所に訪れる事にしたのだった

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