仕事の相方
カフェでアーデと話をしたのちに、私が向かったのはある知り合いの所だ。
そこで、なんでその知り合いを訪ねるのかという点で、少し話をしておこうと思う。
私は見ての通り、錬金術師とはいえどもう軍人ではないし真っ当な商売をしている「ビルディングコーディネイター」だ。
まあ、確かに荒ごとに関しては多少なりの腕があるのは自負しているけどね、それでも、こういう類の案件に関してプロがいるのであれば手を借りるのは当然の選択だ。
私は裏路地に入ると階段を登り、あるお店の扉を軽くノックしてこう告げる。
「シド、居るんだろ? ほら、早く開けなよ」
扉をノックした私はタバコを取り出すとそれに火をつけて扉が開くのを待つ。
しばらくして、扉が開くと、そこに居たのは癖のある真っ赤な長髪の上と下が大胆にもピンクの下着姿の女性の姿だった。
スタイルが抜群に良い事から、これが私ではなく男性だったならば、卒倒ものだろう。
彼女自身は大雑把でそんな事を気にするようなたちでもないが。
私も思わず目の前の衝撃的な光景に火をつけたばかりの咥えていたタバコをポトリと地面に落としてしまった。
現れた女性は勝気な眼差しで不機嫌そうに私の顔を見つめるとため息を吐いてこう告げる。
「んだよ、アンタか。折角気持ちよく寝てたのにさぁ」
「なんて格好してるんだ、ちょっと!! 服を着ろ! 服を!」
「あー……めんどくせ、ちょっと中入って待ってろ」
そう言って、現れた女性から部屋の中に通される私。
あまり、知り合いとは言いたくはないが残念ながら彼女は腐れ縁の知り合いだ。
名前をシド。シド・カナロアという。
彼女がどんな仕事をしているかといえば、いわゆる、『バンデット』と呼ばれる仕事を生業としている。
まあ、無法者に近い何でも屋の仕事と言った方が良いだろうか。
とはいえ、彼女の場合は賞金稼ぎで街の治安に貢献したり、厄介な仕事を手早くこなす事でこの街では有名だ。
一応、私の幼なじみなんだが、どうやったらこんな風に育つのか皆目、見当もつかない。
部屋に入れば相変わらず汚なかった。これは、掃除したくて仕方ない。
空いた酒瓶、食べ物を食べた後の紙のゴミ、そして、何故か地面に無造作に落ちている仕事で使っているであろう書類。
こんなの見たら昔の彼女を知ってる人はなんて言うだろうか、きっと泣くに違いないな。
しばらくして、着替えを終えた彼女は赤い長髪の癖毛の頭をボサボサと掻きながら私にこう訪ねてくる。
「で? 今日は何のようだ?」
「……はぁ、ちょっと面倒ごとがあってね、手伝って貰いたくて」
私はそう言って、家の設計図を広げながらシドに告げる私。
着替えたと言っても、へそ出しに露出が多い短いジーンズの短パン、上はブラが見えるくらいのTシャツを着ているのであまり下着姿と大差がない。
私は別に見慣れてるからどうにも思わないが、元男性だった私からしてみてもこんなお淑やかからかけ離れた女性は彼女以外知らない。
少しはアルバスさんのような慎みを持って欲しいと思うばかりだ。
さて、気を取り直して、私はため息を吐くと設計図をもとにアルバスさんから受けた今回の依頼について彼女に話をしはじめた。
汚い机の向こう側に座る彼女は欠伸をしながら、つまらなそうに私の設計図を見て肩を竦めた。
「家一軒建てるのに厄介事なんかあるのか? 別にこんな山奥にギャングの土地があるわけでもあるまいし」
シドはそう言って、片手に銃を持ったまま退屈そうにクルクルとそれを回しながら私に告げる。
まあ、設計図をみれば、山奥の川の近くに別荘を建てる予定なのは見てわかるし、シドが言うように出張る意味がわからないと言われても理解できる。
だが、今回はちょっと特殊なケースだ。私は先程までカフェでアーデと話をしていた事をシドに伝えつつ、何が一体問題であるのかを全て教えた。
デカいヘビがうろついているなんて事が無ければ、私だってわざわざここに足を運ぶ必要だってないんだ。
「……そういうわけだ、話した通りナーガが彷徨いてる」
「はぁ、また面倒な……人間相手ならまだしも」
私の話に呆れたように頭を抱えるシド。
しかも、今回は殺して処分というわけではなく、保護するという依頼だ。
アーデからも給金を貰えるというので、その半分を依頼料としてシドに渡そうというわけである。
しかしながら、シドはお金が発生する依頼であっても今回の仕事は非常に困難であることを理解していた。
「……お前、ナーガって……。
戦争中、帝国の錬金術師が生物兵器として作り出した化け物だぞ、わかってんのか?」
「……それは理解してるよ」
私はそのシドの指摘に表情を曇らせながら答える。
帝国は人体実験、生物実験を錬金術師に推奨していた国だ。その犠牲者は数多く、特に捕虜となった共和国の軍兵などは真っ先に人体実験の試験台にさせられた。
今回、山奥に現れたナーガも、生物兵器を作る過程で生物実験が行われ、蛇の成長を促進し、巨大化させて出来上がった化け物である。
それがどういうわけか、戦争が終結すると共に帝国が手放したものがあの山に住みついているというわけだ。
「本来ならこんなのは軍が動く案件だけどな、まだ犠牲者が出てない事が不思議なくらいだ」
「それは無理な事は戦争に参加したお前も理解してるだろ……?」
ふざけた話だと、シドは悪態を吐くと面倒くさそうに顔を顰める。
共和国の軍は長い戦争で疲弊しきっている。もちろん、それは帝国も同じだが、互いの国が多くの若者達、多くの人を失った。
そんな中、未だ立て直しを行っている最中にそんな些細な問題にまで兵士を割く余裕は無い。
壊滅的な被害を受けた都市はまだ復興の真っ最中であるし、私やシドもそのことはよくわかっている。
「……仕方ない、アンタの依頼だからな、今回は特別に受けてやるよ」
「ありがとう」
私はシドの言葉に笑みを浮かべてお礼を告げる。
私は内心、ホッと心の荷が降りた。
正直、私1人で仕留められる気はしなかった。いや、多分倒しはできるのだが、捕獲は非常に難易度が高い。
だからこそ、シドがこうして仕事を引き受けてくれたのは本当に助かる。
「ただし」
「ん?」
と、私がお礼を言ったのも束の間、シドはニンマリと何か企んでいるような笑顔を浮かべると私の手を握る。
そして、自身の豊満な胸を私の手に押し当てながら、空いた右手で私の頬をそっとなぞると、色気ある声色でゆっくりと語り始めた。
「依頼が終わったら私とデートしてもらうけど、かまわねぇよな?」
「はいはい。……てか、部屋掃除させてよね」
そう言って、呆れたようにため息を吐く私。
私がこの身体になってからかな、シドは幼なじみでありながら積極的に私に絡むようになってきた。というのも、彼女はこう見えて…その、言いづらいんだが、女好きなのだ。
同じ性別なのに、何故そうなるのと思う方はいるだろう、私もそう思う。
私の外見に関しては…、一応、美人に分類はされるし、スリーサイズも他人が羨むくらいにはあるんだろうが、元男の私としてはそれらは普通に興味はないし、口に出すと悲しくなるから言わないことにしている。
どうしても教えて欲しいと言われれば教えはするが、教えたところでどうにかなるわけでもないだろうから、なら、言わない方が自然だろう。
話は逸れてしまったが、まあ、そういうわけで私はシドの部屋を掃除させてもらった。
掃除をしている最中、シドは私の方を見つめてこう問いかけてくる。
「なぁ……」
「ん?」
「……シルフィアの奴にはあったのか? あれから」
彼女は自分のタバコに火をつけながら、心配そうな眼差しをこちらに向けていた。
シルフィア、というのは、私の元婚約者である。
戦争が終わったら結婚しようと約束していた彼女だったが、知っての通り、こんな身体になった私は彼女に拒絶され、以来、顔を合わせてはいない。
私はシドの言葉に静かに首を振り、それに応えるとシドは静かに、そうか、と一言だけ言って煙を吐く。
「悪いな変なこと聞いちまって、こんな良い女を捨てるなんて本当に勿体ない奴だよ」
「……あまり、嬉しくないのだけど」
私はシドの言葉にムッと不機嫌な表情を浮かべる。
良い女ではなく、そこは、良い元男と言って欲しいものだ。
こんな軽口が言えるという事はもはやそのことに関してあまり何も思わなくなったという事なんだろう。
それはそれとして、シドは何やら入念に弾薬を何やら弄っているようであった。
ホウキで床を掃いていた私はその彼女の姿を見て疑問に思った事を言葉にする。
「何してるの?」
「……ん? あぁ、強力な麻酔弾をちょっと作ってるのさ、ナーガ専用のな。
……デカいヘビに普通の麻酔弾は効かねえだろ?」
そう言いながら、机の上に出した弾薬に向かい合い、頭を再び悩ませているシド。
ナーガは普通のヘビとは違って強固な皮膚を持っている生物兵器だ。並の麻酔弾ならまず、身体に命中しても弾かれる。
一度、戦車の弾丸で身体を吹き飛ばしたという話は聞いたことはあるが…生憎、私達は戦車は持ち合わせていない。というか、捕獲が仕事なので、あまり威力がありすぎる弾丸も駄目だ。
そう考えると貫通力がそこそこある弾丸が必要なのは間違いないだろう。
私はしばらく考え込んでいるシドにこう告げる。
「弾薬なら、私が用意した方が良いかもな。錬金術の素材さえあれば作れない事はない」
「お、それは助かるな……。お願いしていいか?」
私は任せとけ、と一言シドに告げる。
こちらは依頼の手伝いを頼んだ身だ。それくらいはお手の物、錬金術師なのだから、強力な麻酔弾くらいなら簡単に製作できる。
問題はナーガをおびき寄せるための手段、現場に向かっても奴が出てこないなら結局は捕獲は難しくなる。
おびき寄せる為の餌とトラップが必要だ。
できれば、シドには餌を用意してもらいたい、罠は私が錬金術を使えば簡単に製作できる。
「……というわけで、シドには餌を用意してもらいたい。
……そうだな、羊なら奴も食いつくだろうから知り合いから貰って来てもらえないだろうか?」
「わかった、ちょうど牧場に知り合いが居るから聞いてみるよ」
私の要望に頷き、快く了承してくれるシド。
餌、罠、麻酔弾、準備するのはこれくらいでおそらく十分だろう。
あとは念のための解毒剤と、緊急キットくらいだ。準備があらかた揃っていれば問題はない。
しばらくして、シドの部屋の掃除を終えた私はナーガを捕獲に行く決行日を伝え、扉に手を掛ける。
私が頑張って掃除したおかげで、部屋も来た時よりだいぶ綺麗になったものだ。
主婦が似合うとか言わないでくれよ? それは、かなりへこむ。
「それじゃまた、予定日に会おう。
……部屋、折角掃除したんだから綺麗に使えよ?」
「さあ、それは気分次第だねぇ、でも、汚くしてもまた掃除してくれるんでしょ?」
「言ってろ馬鹿」
そう言って、軽口を言い合って、私は彼女の店の扉を開けて出て行く。
街灯が点いてる街中を私は1人、歩いて帰る。
色々と話を聞いて回る大変な1日にはなったが、その甲斐は十分にあった。
後は事を実行に移して、ナーガを無事に捕獲してアーデに渡し、別荘作りに取りかかれば良いだけだ。
あらかじめ、アルバスさんには時間をもらうと一言言っているし、特に問題はないだろう。
やる事は非常に多いが、これも仕事とアルバスさん達のためだ。きっと良い別荘を完成させよう。
私はそんな事を考えながら、静かに帰路につくのであった。
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