半年前のお仕事

 




 私はクリスに半年前に受けたアルバスさんの話を語った。


 そうあれは、半年前、ようやく私が家作りに慣れてきた頃の話だ。


 私のお店にアルバスさんが来たのは、大体、夕方ぐらいだったと思う。



「すいません、まだお店はやっておるかね……?」



 店の扉を開けて訪ねてきた彼は六十歳後半くらいの年齢だろう、紳士的なスーツ姿で被っていたハットを胸元まで下ろして、タバコを吸いながらコーヒーを飲んでいた私にそう訪ねてきた。


 椅子に座りながら、足をテーブルに乗せていた私はそんな彼の言葉に頷くとゆっくりと足を下ろしこう告げる。



「ん? あら、いらっしゃい、えぇ、大丈夫ですよ」



 私は丁寧な笑顔で訪れたアルバスさんを出した席に案内した。


 私が錬金術で作った木製の椅子に腰掛けるアルバスさん、そして、コーヒーを改めて注ぎ直した私はそれを彼の机の上にそっと置く。


 そして、置かれたコーヒーをそっと飲んだアルバスさんは満足気に笑みを浮かべた。



「悪いね、……うむ、美味しいな……」

「どうもありがとうございます。それで今日のご用件ですが」

「あぁ、すまない、そうだったね。実は仕事を頼みたいんだが……」



 アルバスさんは振った本題に頷くとコーヒーのカップを置き、腕を組みながら私にそう告げる。


 仕事の話であればもちろんいつでもウェルカムだ。


 私も生活がある身で、収入がないとなかなかにキツい、まあ、錬金術で作ったインテリアもあるからそこからの収入はあるのだけれど、やはり、大きな仕事だとやり甲斐もあるし、何より収入が段違いだ。



「伺いましょうか」



 私は笑顔を浮かべたまま、アルバスさんにそう告げる。


 それから、アルバスさんはゆっくりと今回の仕事について私に話をし始めてくれた。


 自分の妻が病気である事、そして、そんな身の上でありながらもインテリアが好きで家をコーディネイトする事が好きなこと。


 そんな奥さんが、私の作った家具が気に入ってくれている事など、いろんな事をアルバスさんは語ってくれた。



「妻の調子が良かった時にね、街を歩いている時に貴女のお店のショールームを通りかかってね。

 丁度その時に飾ってある椅子が大変気に入ったみたいで、それから、貴女の『ビルディングコーディネイト』の腕の話を耳にして是非、別荘の仕事は貴女にと、ずっと言っておったんだよ」

「光栄ですね」



 私の作ったものをこうして褒められるのは嬉しい限りだ。


 戦争でしか使わなかった錬金術が人の喜びの糧になっている。これほどまでにやり甲斐を感じる時はない。


 アルバスさんは続けるようにこう語る。



「私も、家具には詳しい方ではないが……貴女のお店にある家具を見ていれば分かるな……。

 気持ちを込めて作られた優しい家具ばかりだよ」

「そう言って頂けると嬉しいです」



 アルバスさんからの大絶賛にちょっとだけ、むず痒くなってしまった。


 私は家具を作る時はその使う人の気持ちを考えて、より良い物をと思い、思いを込めて作っている。


 そんな意図を汲み取ってくださるのは、なんとありがたい事なんだろうか。


 しばらくして、間を開け、コーヒーを一口啜ったアルバスさんはポツリポツリと話を続ける。



「妻も……二ヶ月前にようやく立ち直ってくれたんだ、それまでは酷く落ち込んでいてね、私もだが……」

「……それは」



 どうして、と私が問いかける前にアルバスさんは笑みを浮かべたまま窓の外を見つめる。


 そして、辛い思い出を掘り起こすようにして語るアルバスさんの表情はどこか悲しげだった。



「先の大戦でね、息子が殉職してしまって、あの戦争のせいで、それはもう酷いものだった……」



 私も妻もね、とアルバスさんはカップを手にしたまま、無理に作った笑顔を浮かべて私に告げる。


 先の大戦、帝国からの侵攻を受けた私達の国、共和国は若い愛国心がある者達を多く募るほかなかった。


 特に前線での戦いは熾烈を極め、私の同僚であった錬金術師も何人も殉職した。


 私とて、例外ではない、敵国の捕虜となり、人体実験の材料にされて、逃亡の際の激しい戦闘で左眼と右腕を失ったのだ。


 アルバスさんの息子さんもきっと前線で戦う事を強いられたに違いない、それだけ、一時期は我が国は追い詰められていたのだ。



「息子を送り出したあの日が今でも忘れられんよ、きっと帰ってくると信じておった……。

 戦争が終わったら、今日、貴女に依頼する別荘に家族皆で過ごそうと言っておったんだがね……」



 そう淡々と語るアルバスさんの声が震えていた。


 アルバスさんの息子さんは特に母親思いで、体調が悪化した時の看病も進んでやっていたそうだ。


 いつか、結婚して、アルバスさんと奥さんと共に大家族で暮らしたいと語っていたという、恋人もいたようだった。



「貴女も……」

「……え?」

「その眼と右腕、あの前線におられたのでしょう?

 ……さぞ、ご苦労なさったのでしょうね」



 アルバスさんは儚げな笑みを浮かべ、私にそう問いかけてきた。


 流石に、私くらいの女が眼帯と義手をしていれば気がつくのも無理はないだろう。


 アルバスさんの優しい言葉は、私の中にスッと快く入って来た。それは、同情から来る言葉などではなく、私達の為に国の為に戦ってくれてありがとうと、そんな風な意図がアルバスさんから感じられたからかもしれない。


 私は私だけが悲劇の主人公だとは思ってはいない、もちろん、婚約者を失い、たくさんの同胞を失い、こんな身体にされた事には絶望もしたし、悲観もした。


 だけど、それよりもアルバスさんのように大事な人を失った悲しみに比べれば私の事情など大した事はない。


 生きてさえいれば、どんな事だってこれから積み重ねていく事ができるのだから。



「苦労はしました……ですが、それ以上に、人の幸せを作れる今の仕事の大切さをより感じる事が出来てます」

「……そうでしたか」

「えぇ……、大変なことばかりです。

 戦争が終わっても私を出迎えてくれる人は誰もいませんでしたから……」



 私はアルバスさんに頷いてそう告げた。


 私の父も母も、開戦当時、既に戦争の戦火に巻き込まれて他界している。その際、生き別れた妹も、どこで今、何をしているのか全くわからない。


 そんな中、私を唯一待ってくれているはずだった婚約者は私が女性にされたと知った途端に悲しみに暮れ、私の元からすぐに去ってしまった。


 国のために戦った私はなんだったのだろう、たくさんの人間を殺めた私は生きていても良いのだろうか。


 そんな自問自答をする日々をあの時は送っていた。


 けど、今はこうして前を向いて人の幸せの為に働けている。お店はまだ小さいけれど、いずれ、もっと大きなお店に出来たらなと思っている。


 アルバスさん達も悲しみを越えて、前に進もうと足掻いている。


 私が出来ることはそんなアルバスさん達が穏やかに過ごせる場所を作ってあげる事くらいだ。



「……少し、ごめんなさい辛気臭い話になって、さて、それでは明るい話題にしましょうか、部屋なんですがね」



 気を取り直して私はアルバスさんに今回の仕事の依頼である別荘の設計についての打ち合わせをしはじめる。


 出来るだけお客さんの要望や希望に沿った暖かい家を作ってあげたい。


 そんな気持ちからか、私は顧客の話から理想的な家を作ることをモットーにしている。


 それはこのお店を開いた時からずっと心に秘めている私の信念だ。この信念が無ければ、やはり、作るものも独りよがりの物となってしまうと感じている。


 一通りの話で、アルバスさんからは奥さんの要望と亡くなった息子さんの希望、そして、アルバスさん本人が望んでいる設計を聞き出す事ができた。


 後は、それに必要な材料の調達、現場の下見、希望されているインテリアの作成など、やる事は盛り沢山なわけだが。



「本当にこの条件で大丈夫かい?」

「えぇ、もちろん」

「結構無理を言っている気はするのだがね……」



 アルバスさんは自分の出した要望に不安げな表情を浮かべている。


 おそらく、ほかの建築者ならば無理だと、かなり厳しいと突っぱねるところはもしかしたらあるかもしれない。


 だけども私のところとなれば話は別だ。


 どんな状況、条件であっても受けると言ったからには必ず完遂させる。


 それが、職人であり、「ビルディングコーディネイター」として自分がすべき仕事であり、使命であると理解しているからだ。



「プロですからご安心ください、ですが、少しお時間は頂くと思います」

「えぇ……。構いませんよ」

「ありがとうございます、では明日から早速、取り掛からせてもらいますね」



 そう言って、アルバスさんと打ち合わせを終える頃にはすっかり周りは暗くなってしまっていた。


 椅子から立ち上がり、玄関まで向かうアルバスさん。


 ハットを胸元に置いたままお辞儀をし、店の扉を開けるアルバスさんだったが、すっかり周りが暗くなっていたので私はアルバスさんにこう告げる。



「良ければ送って行きましょうか?」

「ホッホッホ、お心遣いありがとうございます。既に迎えをこさせていますのでご安心ください」

「あっ……」



 そう言って、玄関の扉を開けるアルバスさんの向こう側に車で迎えに来た黒服の若い執事を目視で確認した私は、気づいたように声を上げる。


 それでは、と一言告げたアルバスさんは黒服の執事が車の扉を開けると同時に乗り込み、見送りをしに玄関の外まで来た私に片手を上げて応えると立ち去っていった。


 どこまでも紳士的で、話していて気持ちが良い御仁であった。


 富豪でありながらも、あんな、紳士的で良い方であれば、私はまたお会いしたいなと心の底から思うのだった。




 ――――――――――




 さて、アルバスさんがお店から立ち去ってから翌日。


 私は早速、別荘を建てる予定についての情報を街で聞いて回る事にした。


 そんな事より、早く現場に行って下見した方が早いだろうと思っている人もいるだろうが、ただ、下見して現場を見るだけ見て家を建てるだけが私の仕事ではない。


 周りの状況を把握しておく事も大切な事なのだ。


 というわけで、私は黒いスラックスに白いシャツの上から赤のジャケットを身につけて、茶色のコートを上から羽織ってこうして出歩いている訳である。


 モダンな街中を歩いて、私が向かったのはここらへんの地理を把握しているある人物の元だ。


 私は近くのカフェに入るとゆっくりと腰を下ろし、その人物が来るのを待つ。


 その人物が現れたのは、それから、10分ほど時間が経ち私が頼んだコーヒーをウェイターが持って来てくれたくらいだった。



「ごめーん!! キーちゃん待った?」

「いや、別にそこまで待ってはいないが。

 ……その『キーちゃん』って呼び方はどうにかならないのか? アーデ」



 私はそう言って、不機嫌そうに持ってきてもらったコーヒーを啜りながら、現れた女性、アーデに苦言を呈する。


 そう、待ち合わせていた彼女の名はカルラ・アーデ。私の軍にいた時のちょっとした知人だ


 彼女の外見は眼鏡を掛け、柔らかい長い巻き髪が掛かった金髪に男性が釘付けになるようなグラマラスな身体つき、それは、女性なら誰でも憧れるような身体であった。


 彼女は軍にいた時は諜報部隊に居た凄腕のスパイであり、また、戦時中では地形把握に長けたエキスパートでもあった。


 そんな彼女の今の職業は生物の生態系を研究している学者だというから驚きだ。なんでもマルチにこなせるその多才さが羨ましいと思う。


 何故、今回、彼女を呼んだかというと彼女がアルバスさんの別荘を建てる予定地に訪れた事があるだろうと踏んでの事だ。


 様々な生物を研究するにあたり、いろんな自然がある地域には彼女は詳しい、話を聞くにはうってつけである。


 私は早速、先日作成した設計図を見せながら、アーデにあの周辺の事についての話を聞く事にした。



「へー……あそこにねぇ」

「どうだろう?」

「んー……非常に厳しいというか、何というか」



 彼女は私の設計図を見ながら腕を組み、そう呟く。


 何がどう厳しいのだろうか、山奥の川の近くというだけであるし、何度かアルバスさんも息子さんと奥さんと訪れた事があると話してくれていた。


 特に警戒すべき危険があるようには思えなかったのだが。


 すると、アーデは大きなため息を吐くと、携帯端末を取り出して簡単に私に説明をしはじめる。



「最近ねぇ、ここに住みはじめたのよ……ナーガが」

「ナーガ……? なんでまた」

「さあ、餌になる魚や小動物が多く生息してるからじゃないかしら?」



 アーデはそう言って肩を竦める。


 私はその言葉に思わず表情を曇らせた。別荘を建てる予定地にデカい大蛇のモンスターが住みついているなんて、とてもじゃないが住むどころの話ではない。


 だからといって駆除にすぐに行くとも言い切り辛い、生物の生態系を壊すようなことをすれば保護団体からの抗議なんかもきてしまう可能性がある。



「そもそも、貴女の同業者が作ったんでしょあれ」

「私は関わった覚えは無いよ」

「ふーん、……ねぇ、それじゃあさ、折角だからそのナーガ、捕獲してきてくれないかしら?」

「なんだと? どうしてそうなる」



 コーヒーを啜っていた私はアーデの言葉に顔を顰める。


 馬鹿でかいヘビを捕獲してほしいだなんて何を考えているのだか、人を襲う危険性も考えれば駆除した方が安全だとも思う。


 人の業によって生み出されたものならば、尚更、そうするべきだろう。


 だが、アーデはまだ、住み着いているそのナーガには研究できる貴重なサンプルが多く身体にあるので、是非に保護してほしいという。


 私は呆れて肩を竦めてしまった。



「給金は弾むからさ、お願い」

「……高くつくからな?」

「やった!  ありがとう!」



 私とて、無闇な殺生がしたいわけでは無い。


 人間が錬金術で生み出した魔物の死骸があった場所にアルバスさんの希望している別荘を建てるなんて事はしたく無いし、何より、私自身が気分が悪い。


 とはいえ、こうなれば協力者の助力がいるだろう、私はコーヒー代を机に置くと席から立ち上がり、アーデにこう告げる。



「お金は置いておくから、支払いは頼んだ」

「えー、キーちゃん、もう行っちゃうのー?」

「だからやめろっての! ……そんなのが住んでるなら人手がいるでしょ?」

「あー、なるほどー、わかった! 払っとくわ」



 私の言葉の意図を理解したアーデはニンマリとした笑みを浮かべて私に軽くサムズアップをして応えてくる。


 相変わらず掴みどころがない女性だ。そういうところが魅力なのかもしれないが、私にはよくわからない。


 コートを着直した私はカフェの扉を開いて外へと出ると、また、目的地を変えて、歩きはじめた。


 早く用事を済ませて、ゆっくり自分のお店でコーヒーをタバコを吸いながら読んでる途中の推理小説の続きが読みたいものだ。



 私は内心そんな愚痴をこぼしつつ、仕事を手伝ってくれそうな相方の元へ向かうのだった。

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