軍辞めて、私は錬金術で家作ります

伊坂なおき

とある記者の取材

家作りの錬金術師 キネス

 




 私の名前はクロース。


 クロース・キネス。職業錬金術師。


 年齢は20歳、独身、特徴は金髪の跳ねたショートカット、身長は160cm、体重は47kgだ。


 突然だが、私の身の上話を君達にするとしようか。


 私の経歴なんて微塵も興味ないかもしれないが、付き合ってくれたまえ。


 私はね、とある国の軍隊にいたんだけども、ある日、任務中に敵軍に捕まってね、その際、敵軍の錬金術師から人体実験の際に身体を女性に改造させられてしまったんだ。


 ん? この時点でインパクトが強すぎるって?


 まあまあ、人生というのはそういうものだよ、最初は私も戸惑ったさ。


 それで、話を続けるが、私には心に決めていた人が居たんだけども、身体がいきなりある日、女性にされてしまったもんだから当然、結婚の話はおじゃんになってしまう。


 さらに、続けるが軍からも私は抜けることにした。


 理由は精神的なショックと、やはり、私が女性になったせいで足を引っ張るのを危惧したからだ。



 おっとコーヒーが切れてしまったみたいだね、入れ直そう。



 ……さて、話を続けようか、どこまで話したかな? あぁ、そうだ、軍を抜けたところからだったね。


 隊長のレイからは大反対を受けたよ、まあ、当然だな、けど、私の意思は固かったんでね。


 どうしたかって? 簡単さ、置き手紙を置いて夜逃げして来たよ。


 そして、色々紆余曲折あって、今に至るわけだ。



 私はコーヒーを口につけて目の前に座る新聞記者の少女に淡々と語る。


 脳と身体に染み渡るカフェインを感じながら、カップを片手に持つ私に新聞記者の少女、クリスは青い瞳を向けたままこう問いかけてきた。



「では現在は何を? 軍を抜けられてこの地で貴女は……」

「ん……? そうだな……。家を作ったりしてるよ」



 そう言って、私はクリスの目の前にドンッと、前にし終えた依頼書の紙を一枚提示して笑みを浮かべながら答える。


 家、というか、もちろん、家だけじゃなくインテリアのコーディングなんかもしている。というか、建物に関わる全般だろうか。


 軍を抜けた私が選んだ職業、それが、この「ビルディングコーディネイター」だ。


 私はこう見えて、錬金術の腕には自信があってね、依頼が有れば素材を集めてどんなものでも作り出すことができる。



「なるほど、英雄キネスは家造りの職人ですか」

「やめてくれよ、前職を生かした仕事をしてるだけなんだからそんな大袈裟に言う事でもないだろう?」

「何をおっしゃいますか! 先の大戦で大活躍された英雄ではありませんか!」



 そう言って、興奮気味に私に迫るクリス。


 銀髪の長い髪に力強い青い瞳は真っ直ぐに私を見据えたまま顔を近づけてくる。というか近すぎる、興奮しているのはわかるが……。


 戦争での英雄扱いというのはあまり嬉しいことではない、その分、人の命を奪っているのだから当然だ。


 私の錬金術も人の命を奪うために利用されたに過ぎない、その利便性が高い故、英雄になってしまったのだ。


 当然、失ったものもある。私は左目を失った、右手は義手だ。



「……今はこうして人の役に立てる錬金術を使えるから嬉しいけどね、あ、貴女もよろしかったら何か家具を差し上げましょうか?」

「え!? 本当ですか!」

「えぇ、是非、私が作った家具は全部自信作ですから、このテーブルなんかもオススメですよ」



 私は店の中を案内しながら、家具をクリスに勧める。


 とはいえ、私1人だけだと、やはり何かとここ最近は不便だ。


 本音を言えば人手が欲しいところである。なんか知らんが女の身体になってからは鍛えてはいるが単純な力もなくなったし、体力も男性だった時より少なくなってしまった。


 身体を改造された際に、錬金術の能力だけが上がったのだけはよかったのだけども、強いて言えばよかったのはそれくらいだろう。


 仕事には使えてる分まだマシだが、敵軍が私の肉体を改造した理由はおそらく私の持つ錬金術の利用が目的だったに違いない。



「わあ、これ、可愛いテーブル! モッピーちゃんだ!」

「こんな家具はなかなかないでしょ?」

「これ! これください! 買います!」

「はい、ありがとうございます」



 クリスが選んでくれたのは可愛いポップなモッピーがたくさん描いてある小さなテーブルであった。


 モッピーというのは耳が生えている小動物モンスターのことである。大人しい草食の小動物モンスターで子供達や女性からの人気が非常に高い。



「あー……このテーブル良いなぁ……。

 はっ! いけない! 取材忘れるところだった」

「ふふ、それじゃ話を続けましょうか、えっと、確か……。私の今が知りたいんでしたっけ?」

「はい! 是非!」



 元気よく頷くクリス。


 そう言われても特に話すことは話してしまった気はするんだけどね。


 身体が女の子にされました、婚約者から逃げられました、軍から退役しました。身体はなんか色々無くなりました。


 そして、今はここで錬金術で「ビルディングコーディネイター」の仕事してます。


 戦争のことを知りたいんなら、私より、隊長だったレイに聞いた方が良いと思うんだけどね、隣国との銃撃戦だとか、戦役とかの詳しい話が聞けると思うよ。


 地獄には変わりなかったがな、仲間も何人も失ったし、あの戦争は悲惨だった。


 そうクリスに伝えると、彼女はパン! と元気よく手を叩き私にこう提案してきた。



「……えっと、ではですね! 関わったお仕事の事とか聞きたいです! 

 ほら、キネスさん求人してるって言ってましたから広告も兼ねてウチで掲載しますね」

「ん……そうだな、そうしてくれるなら嬉しいが……。

 じゃあ、お金持ちの老人からとある依頼があったんだけどね……」



 私はそう言ってとある依頼主の話をし始める。


 そう、あれはこの仕事を始めてから半年くらい経った頃だっただろうか、お金持ちの富豪からの依頼が舞い込んできた。


 なんでも、屋敷の中にお洒落なインテリアがいくつか欲しいという事であった。


 それと別荘を山の上の川近くに建てたいという依頼、私はこの大仕事を受ける事にした。



「あれは大変だったな、なんでも山奥の別荘。

 さらに、富豪のインテリアとくればそれなりの素材を集めてこなきゃいけなかったからね」

「へぇ……そんな依頼が……」



 クリスは私の話に耳を傾けながら、ペンを走らせる。


 皆は富豪と言うと傲慢で足元を見るようなそんな人物を想像するだろう。


 だが、私の依頼主だった富豪、アルバスさんという人はとても紳士で優しい人物だった。


 今も懇意にしていただいているが、彼が私に依頼するのは彼の妻が私の家具と作った家が好きだからというのが理由だ。


 彼の奥さんは病気で、ベットで横になりがち、そして、医者からはなるべく安静にしておくことを勧められている。


 その中での楽しみが、インテリアのコーディネイトだったりしているわけだ。


 今回の別荘も奥さんの為に療養出来て、2人で過ごす事のできる家が欲しいというのが理由であった。



「……私は出来るだけ長い間、2人で穏やかで過ごせる場所が提供出来ればと思い、この仕事を受けたんだがね。なかなか難しい仕事だったよ」

「それは何故?」

「それは……2人の大切な時間が共有できるような優しい家を作らなくてはいけなかったからね」



 家を作ると言ってもただ作れば良いというものではない。


 その人達のことを考えて、どうしたら過ごしやすい空間を作れるのか、どの様な明るい日差しが入る部屋にできるのか、2人がこの家でよかったと思えるようなそんな設計をしなくてはいけない。


 もちろんだが、災害なんかの対策も必要だ、自分達を守ってくれて、心踊るような家にこそ価値がある。



「というか」

「ん?」

「そもそも錬金術でどうやって家を建てるんですか?」



 私はクリスの質問に思わず苦笑いを浮かべる。


 そうか、錬金術は普通は戦争や戦闘にしか使わない技術だからな、確かにそういう疑問が出てきてもおかしくはないか。


 この際だから説明を兼ねて、教えてあげておいた方が彼女も記事を書きやすいだろう。


 私は懐からゆっくりとあるものを取り出すとそれをテーブルにゆっくりと置く。



「これは?」

「『バレッタ』、錬金術に必要な銃さ、触ってみるかい?」



 そう言って、クリスに『バレッタ』という銃を手渡す私。


 これは私と共に長年、戦場を駆けた年季の入った相棒でもある。少し特殊な銃で普通とは異なった物だ。


『バレッタ』をまじまじと観察していたクリスはその銃の特異性にしばらくしてから気がついた。



「リボルバーみたいなんですね、初めて見ました! あれ? でもこの銃、薬莢を込めるところが三つしかない…」

「よく気がついたね、そこには『コレ』を詰めるんだよ」



 そう言って、私は銃を観察しているクリスの目の前に瑠璃色に光る変わった弾薬を見せてあげた。


 そして、それを手に取ったクリスは改めてその弾薬をまじまじと見つめる。



「これは……一体……」

「錬金に必要な素材が詰まった、『メモリア』っていう少し特殊な弾さ」



『メモリア』とは、簡単に言えば物体の形状、物質を記憶した弾丸だ。


 私達、錬金術師はこの『メモリア』と呼ばれる弾丸の先端に物質、素材を記憶させる。ようは素材に使いたい物体を触れさせる事によって、素材の記憶を圧縮し弾丸を生成することができるのだ。


 例えば、木を使いたいのであれば、木にこの弾の先端を触れたまま、錬金術の術式を使えば、その木自体を弾に圧縮してコピーする事ができるというわけだ。



「試しにこの弾薬を使ってみようか、これには花瓶を記憶してある。

 これを『バレッタ』に詰めて、地面に向けて撃つと…」



 そう言って、私は『メモリア』を詰め込んだ『バレッタ』を慣れた手つきでシリンダーを回転させると銃口を地面へと向ける。


 弾を込めたのはこの花瓶の記憶させた『メモリア』だけだ、そして、迷わず引き金を引くと撃ち出された弾丸は地面に着弾すると同時に光を放ち、錬術式と呼ばれる数式が浮かび上がってくる。


 そして、それからすぐに弾丸が着弾した場所には、綺麗な花瓶が出現していた。



「……すごい」

「これが、私達が扱う錬金術と呼ばれてるものだよ」



 そう告げると私はゆっくりと椅子に座りタバコに火をつける。


 婚約者に振られてから吸い始めたタバコだったが、身体に染みついてしまって、それからというものずっと嗜好品として持ち歩く習慣が身についてしまった。


 生で見る錬金術に目を輝かせているクリスに私はタバコの煙を吐きながら話を続ける。



「この『バレッタ』の弾倉が三つの理由はね、三つの物質を術式を使いシリンダーを回転させて合わせる事で一つの弾丸として撃ち出し、錬成して新たな物を生み出す事が出来るからさ」

「こ、これだけじゃないんですかっ!?」

「当たり前だろう、こんなものは初歩も初歩だよ」



 私はそう告げると、肩を竦める。


 錬金術師になるにはかなりの勉強と理解が必要だ。


『メモリア』に記憶させると簡単に私は話をしたが、実際、こ・れ・に記憶させるには練術式を施す必要があり、対象の物質の理解が必要となってくる。


 それに加えて、『メモリア』自体に組み込まれている術式も理解しておかねばならない。


 木や花瓶に変える為の術式、『メモリア』に記憶させる為の術式、それらを理解した時に初めてこの錬金術の弾丸が作れるのだ。



「私が頻繁に使うのは合成術と呼ばれる錬金術だ。

 ガラスの弾丸、木材の弾丸、そして、紙に描かれた設計図を記憶した弾丸、これら三つを込めてシリンダーを回し、練術式を施すと簡単なログハウスが一軒建つ、という仕組みさ」

「……はぁ」

「もちろん、物質自体の調整も錬術式次第で変えることができる。

 だから、いろんな合成術の組み合わせを使って、色々と組み合わせて作り上げたのが私の手掛けた家というわけなのさ」



 私は以上だと言わんばかりにクリスに告げる。


 簡単に説明したが、実は理想の家を建てるのはなかなかに難しい。


 何度か合成術に失敗したことだってある。思い描いた理想の家を作れるようになったのは、半年前くらいになってからだ。



「さて、それじゃ錬金術を理解したところで先程の話を戻そうか、そのアルバスさんの依頼だったんだがね……」



 そして、私は半年前に請け負った富豪の家の話を気を取り直してクリスに語り始める。


 錬金術を理解した彼女は語り始める私の話に先程よりも興味津々に耳を傾けてくれてるようだった。


 そのせいか、少しばかり、彼女のペンを走らせる力が先程よりも篭っているように感じるのはおそらく気のせいというわけではないだろう。



 私は夢中になって話を聞いてくれる彼女に少しだけ嬉しい気持ちになった。

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