5

 小学生の体育着には、わたしかくせる場所はない。アリサは体育の時間になると、私を服の下に隠して出て行ってしまう。だれかが近づいてくる気配があった。ふたたび明るくなった目の前に、チハルがいた。

「うーん、今だと私ってわかっちゃうよね。他の人のランドセルに隠すか、ゴミ箱に入れちゃうか……」

 チハルは私をつかむと、廊下ろうかへ出てまどへ近づき、正門が見える場所から私を投げた。下へ、下へ。重力に任せて、私は落ちるしかなかった。いったいどうするつもりなのだろう。チハルは上から私を見つめている。どこに落ちるか、確かめるつもりかもしれない。

 私が落ちた場所は、木や草が生えた土の上だった。チハルはくるりと私にを向け、さっさとどこかへ行ってしまう。ここまでに数分はかかっているはずだから、体育におくれるかもしれない。

 アリサから引きはなされた私は、残りの授業じゅぎょうが終わるまで、おとなしくそこで待つしかなかった。


 下校の時刻じこくになって、生徒たちが次々と校門のほうへ出てきた。アリサとチハルは、出てきたときに口論こうろんしていた。

「私のマシェラをどこにやったの?」

「知らないよ、私じゃないって」

うそばっか! マシェラの魔法まほうを知ってるのは、私以外じゃ、チハルだけなんだから!」

「だって、私のランドセルも、手提てさげの中も、全部見たでしょ? 私は取ってない!」

「どこに隠したのよ?」

 明らかに、アリサはおこっていた。そして、チハルが犯人はんにんだと知っているような口ぶりだ。

「それに、チハルじゃないんだったら、体育の授業に遅れる理由がないじゃない!」

「おなかが痛くてトイレに行ってたの!」

「まさか、トイレに投げ込んだとか?」

「そんなわけないでしょ? トイレに流したらまるって、だれでも知ってるじゃん!」

「そんなのわかんないじゃない!」

 チハルは冷めた表情でアリサを見る。

「じゃあ、見てくれば? 悪いけど、私はもう、つき合わないよ? 今日はじゅくに行くんだから」

「どこにあるの?」

「私じゃないってば。魔法のぬいぐるみなら、自分でどっかに動いたんじゃないの?」

「はあ?」

 アリサは怒りくるった様子で荒々しく足をみ鳴らしながら、校舎の中へもどっていく。アリサがいなくなるのを見とどけてから、チハルは私に近づいてきた。そのまま私をつかむと、軽く土をはらって、両腕りょううでで私を隠すようにかかみ、そのまま走り出す。

 アリサとチハルの家はとなり同士だから、追いつかれたら見つかってしまう。チハルは大急ぎで家にけ込むと、自分の部屋のし入れを開け、旅行用の大きなリュックサックを引っ張り出して、私をその中に放り込む。ほんの少ししか見えなかったが、チハルの部屋は、アリサのほど散らかっていなかったように見えた。

 こうなった場合、私の持ち主はチハルになるのだろうか。

 今度はチハルがバタバタと動く音が聞こえる。

「とりあえず、塾行かなきゃ。アリサが帰ってきたときに、家にいたら、絶対ぜったい、また喧嘩けんかになる」

 チハルはそうつぶやいて、さっさと塾に行く準備じゅんびをして出て行ってしまう。

 取り残されてしまった。私は、なんとなくパーシルに申し訳ない気持ちになる。人を幸せにしたいと思って私をつくったはずだったパーシル。それが、かえってこんな状況じょうきょうを生み出してしまったとわかったら、いったいどう思うんだろう。

 アリサの身にいやなできごとをいくつか引き起こしただけではない。チハルを泣かせてしまった。私は、2人を引きくお邪魔じゃま虫なんだろうか。

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