3

「あぁ……わたしの部屋が……私の服がぁ……」

 アリサの悲痛な声が聞こえる。そろそろ意識いしきが遠のきそうだ。 

「消えて、消えて! おねがい、火よ、消えなさい! 消えるのよ!!」

 アリサがそうさけんだ。何が起きているか気づいたんだろうか。いや、気づいていてもいなくても、言ったとおりになる。


 すべては一瞬いっしゅんにして収まった。だれかが水をかけたわけじゃない。アリサが最後さいごに叫んだ言葉が、火を消しただけだ。

 アリサがほとんどはいになった私を見つめているのか、視線しせんを感じる。今の私、ボロボロでひどい状態じょうたいだろうな。熱くはなくなっても、身体からだがある感覚かんかくもほとんどない。でも、なんとかギリギリ、意識はあるみたいだ。パーシルが私の意識をギリギリまでつなぐようにしていたんだろう。

「マシェラって……」

 ドアのところで服がれるような音。続いて、ドサッと何かが落ちたような音がした。アリサはまだドアのところにいるのだろう。だとすると、この音はおそらく、アリサがその場でへたりんだ、というところか。今の私には、その姿すがたも見えないんだ。

「私の言葉が……現実げんじつになってる……?」

 何が起きているのか、ようやく気づいたらしい。

 しばらく、何の音もしなかった。アリサはじっとしているらしい。私には何も見えないけれども、おそらく、呆然ぼうぜんとしているのだろう。普通ふつうならあり得ない、突拍子とっぴょうしもない事態じたいえてしまった部屋の中のモノ。かなりショックだっただろう。本当に、不幸なことばかりび寄せる子だ。

「えっと……」

 アリサは何か言おうとしているようだ。もう今なら、自分の言葉が現実になるとわかったはず。もしやけどをなおしたいなら、「手が治る」でかまわないはずだ。

「えっと……火が出る前の状態に、全部もどって! 全部きれいに戻るの!」

 そして、私は元通りの部屋に、そしてアリサの手の中にいた。

 サイレンの音が鳴りひびく。

 アリサは外へ出られる大きなまどに、私を持ったままけ寄った。

 私にも外の景色が見える。救急きゅうきゅう車が、この家のほとんど正面に停まっている。前に見かけた少女が、ひどくおどろいた様子でこちらを見ると、首をかしげる救急隊員たいいんに、戸惑とまどった様子で何か話していた。

 チハルだ。救急隊の1人が、チハルにきびしい表情を向けている。いたずらだと思ったんだろう。

 アリサは私を持ったまま、外へ飛び出した。

「チハル!」

「アリサ! 何があったの? 私、あなたの部屋で何かが燃えるのを見た気がしたのに」

「うん、ちゃんと話す。あの縁日えんにちでさ、男の人が、マシェラが魔法まほうのぬいぐるみって言ってたでしょ? 私が言ったことが、現実に起きてるみたいなの」

「え?」

 チハルは驚いた様子でアリサを見た。救急隊の人たちは、電話で何かやり取りした後、そのまま車に乗り込み、どこかへ行ってしまう。

「だからね、信じられないかもしれないんだけど。マシェラに燃えちゃえって言ったら、本当に燃えて、火が消えるって言ったら、本当に消えて。部屋が元通りになるって言ったら、本当に元に戻ったの。変だと思うんだけど」

 アリサは私のことをチハルに説明している。チハルは考えむように顔をしかめ、片手かたてあごに当てている。

「ねえ、アリサ。それって、何でも思いどおりになるってことだよね?」

「え? ……うん、たぶん」

 アリサはゆっくりとうなずく。チハルが私をじっと見つめた。何か考えるように、ゆっくりと。

「……私、そのぬいぐるみは捨てたほうがいいと思う」

 チハルははっきりと言った。

「え? チハル?」

「捨てたほうがいいよ、アリサ。そんなモノ持ってたら、アリサがダメになっちゃう」

 アリサの表情に、明らかな拒絶きょぜつの意志がかぶ。

「何言ってるの? せっかくのチャンスなんだから、使わない手はないよ」

「ダメだよ、アリサ。下手な使い方したら、アリサが成長できなくなっちゃう」

 チハルはどうにかアリサを説得せっとくしようとしているが、アリサは私をきかかえた。

いや。私はマシェラを使う。絶対ぜったいに幸せになってやるんだから!」

 アリサははっきりと言いきった。チハルが私に手をばそうとする。アリサはさっとはなれた。

「私が当てたんだから、チハルがしくても、これは私のよ!」

「そういうことじゃなくて!」

 チハルは明らかに苛立いらだっているように見える。ちょっと危険な展開てんかいだ。

「チハルは友だちだと思ってた。でも、マシェラを取るなら……」

 チハルがその場で止まる。そのまま、彼女はきびすを返して家に入って行った。アリサはうなずいた。

「そうよ、これでいいのよ」

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