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 翌日よくじつは病院に出かけたようだった。わたしれて行かなかったので、アリサが帰ってきた後の様子しかわからない。結局けっきょく、病気はインフルエンザだったらしい。薬を吸入きゅうにゅうしたようで、不快ふかい感が残っているらしく悪態あくたいをついていた。季節きせつはまだ秋。少し早すぎないだろうか、と思うのだが、こうなったのも、アリサが「学校へ行けなくなればいい」みたいなことを言ったせいだ。

 アリサは退屈たいくつなのか、私を布団ふとんの上に乗せると、話しかけてきた。

「ねぇ、マシェラ。ただのぬいぐるみに何かできるとは思わないけどさぁ、もし心があるなら、白石くんを転校させてくれない? いや、まぁ、無理だってわかってるんだけどね」

 ねがいごとをかなえたいときには、その願いが叶うと信じたほうがいい。あきらめてしまうと、この場合、「無理」という言葉のほうが実現じつげんされてしまうから、白石くんは、たとえ転校予定よていだったとしても、キャンセルになるかもしれない。

 それにしても、いったい、どれだけ不幸をまねき寄せれば、気がむだろう。自覚じかくはないにしても、否定ひてい的な発言は、自分を不幸にしてしまう。いかりの言葉を他者にぶつければ自分がきずつく、とも言われているのに。

 よほど具合が悪かったのだろう。アリサはそのままてしまった。

 街中まちなかで聞いたことのある音楽が、すぐ近くで鳴った。電子的な音だ。音源はどうやら、アリサの携帯けいたい電話らしい。

「うぅ……」

 うめき声を上げながら、アリサは起き上がると、携帯を見た。

「え、チハル?」

 パッと起き出し、電話を取る。

「もしもし、チハル?」

 会話の片方かたほうだけが聞こえる。

「うん、そうなの。……わからない。何だろう、私、おぼえないんだけど……そうなんだ、ゴメンね」

 電話の相手はチハルという名前らしい。何をあやまっているんだろうか。ちょっと気になる。

「そうなんだよねー、あんなヤツのとなり勘弁かんべんしてほしいわ」

 例の席替せきがえのけんらしい。学校の友だちと話しているのだとわかる。よほどいやだったのね。

 途中とちゅうでアリサはカーテンを開けて、外を見ていた。アリサが私を手に持っていたので、私も一緒いっしょに外を見ることになった。

 隣の家からこちらをのぞく少女は、縁日えんにちのときに一緒にいた女の子。顔が見える距離きょりにいるのに、電話で話している。なんだか変な気がするけど、たぶんアリサがインフルエンザだって知っているんだろう。うつったら困るからだ。

 アリサは目の前の、電話口の少女に1時間近く、愚痴をこぼしていた。相手の子も、確かチハルと言っていたと思うが、よくこんなアリサの愚痴につき合う気になるなあ。

 翌週の月曜日、アリサが学校から帰ってきたときのことだった。彼女はいきなり、私をつかむと、大声で怒鳴どなった。

「あんたが来てから、前より悪いことがたくさん起きてるんだけど、どうなってるわけ? 何ののろいだか知らないけど、白石くんは、引っす予定だったのが、取りやめになったって言うし」

 アリサの暴言ぼうげんは続く。

「あたしが何かしたの? ねぇ、答えてよ! どうしてなの? もう、マシェラなんか、えちゃえ!」

 完全に私のせいにされている。確かに、私もその原因の1つではある。ただ、元はアリサの発言だ。私は本来、ねがいごとをかなえる力をそなえているんだから。

 もっとも、私が何か思ったところで、それをアリサに伝える手段しゅだんは、今のところ、ない。

 どうすることもできない私に、アリサはとんでもないことを言ってしまう。

「燃えちゃえばいいんだ。マシェラから火が出る~」

 大変だ、と思う間もなく、私の青いワンピースのすそに火がついた。

「きゃああっ!!」

 アリサが私を取り落とし、近くにあった服に火が燃え移る。

 火はワンピースの下のほうから燃え広がり、スカートとこしの部分はあっという間にほのおに包まれる。熱い、パーシル! 助けて、お願い!!

 他のことを考える余裕よゆうはなかった。火はおなかへ、太腿ふとももへ、むねのあたりへ、それに足のほうへ、どんどん広がっていく。早く、早く火を消して!

 アリサは慌てて私から離れ、ドアに駆け寄る。私は「ダメ!」と叫びたかったが、アリサが私を話せるようにしてくれていないので、声は出ない。

 炎は急速きゅうそくに成長し、もう顔のほうにまで広がってきた。最初さいしょに火がついたあたりから、どんどんはいになっていく。顔のほうも燃え、青い帽子ぼうしに火がついたのもわかった。もうダメだ……何も見えなくなった。パーシル! どうして私は人を幸せにしないまま、消えていくんだろう? 私はいったい、何のために、ここに来たんだろう……?

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