ぬいぐるみのマシェラ

桜川 ゆうか

1

 ――カランカラーン!

 高らかにベルの音が鳴りひびく。

 縁日えんにちによくある、ひもで番号札を引く抽選会ちゅうせんかいで、だれかが私を引き当てたらしい。今回の『特賞とくしょう』である、この私を。


「はい、これが特賞のマシェラだよ!」

 売り場を担当する魔法まほう使いのパーシルが、わたしを1人の女の子に手渡した。

「この子は、魔法のぬいぐるみだからね。上手に使うんだよ」

 パーシルは、ここでは縁日を運営うんえいする日本人らしいはっぴ姿すがたで、おとなしくしている。だけど、普段ふだんはカラフルでド派手はでな服を着た、布の奇術師きじゅつしの青年なんだ。

 私は持ち主になる女の子を見る。長袖ながそでのTシャツはボーダーがらで、少し太り気味の女の子。健康けんこう的なはだ色だけれど、体型たいけいを見る限り、あまり運動していそうには見えない。

「何、コレ。本当にコレが特賞なの!?」

 女の子は、うたがわしそうな目で私を見る。そして、賞品が並べられたたなをちらちらと見ながら、私と見比べた。

 私は、パーシルによれば、魔女まじょ格好かっこうをしているらしい。青い帽子ぼうしをかぶり、同じ色の服、ボタンは緑で、そのボタンと同じ色のくつを身につけている。

「あっちのバッグのほうが、よさそうじゃない?」

 私はこの発言に、これはおめでたい『特賞』なんかではないと思った。むしろ、これは不幸の『特賞』だ。おみくじで言うと、『大凶だいきょう』を引いたようなものだ。

 となりにいた、新しい持ち主と同じくらいの年齢ねんれいの女の子が、首をかしげた。

「そう? かわいいと思うけどなぁ。私だったら、ランドセルにつけちゃうかも」

 その子の言うとおり、私をランドセルにつけようと思えば、つけられるだろう。私は、そんな手の平サイズのぬいぐるみだから。

 私を引き当てた女の子は、家に持ち帰った私をベッドサイドの棚の上に置いた。その部屋は散らかっていて、ゆかの上に無造作むぞうさに置かれた透明とうめいなコンテナの上に、部屋着やフリースなんかがぐちゃぐちゃに置かれている。机の上には、まだお母さんに渡していない学校の通信レターや、読みかけのマンガ、食べかけのお菓子かし、ゲーム機なんかも乗っている。とても勉強するスペースなんて、なさそうだ。

 机の下、イスのわきのところに、画板が立てかけられている。たぶん実質じっしつ的に、これが机の代わりなんだ。

 部屋は乱雑らんざつだけど、コンテナなどにモノがまれているだけで、床自体は見えている。そこにゴミがたくさん落ちている、というわけでもないから、この子のお母さんが、掃除そうじだけはしているのかもしれない。まあ、生ごみなんかがないだけ、マシだ。

 女の子は、勉強机にひざをかけ、イスに足を乗せてもたれにもたれかかると、マンガを手に取り、読み始めた。

 ダメだ、こりゃ。これほど乱れた生活をしていて、おまけに先の否定ひてい的な発言。これでは、不幸をび寄せてしまう。それなら、私を当てないでくれたほうが、よかっただろうに。

 私はさらに部屋を見ていく。ドアのところにフックが取りつけられ、上履うわばぶくろがかけられている。土日だから、上履きを洗うために持ち帰ったのだろう。

 この子の名前は……橋本亜梨沙。アリサ、か。あまり不幸な発言をしないことを、いのるばかりだ。

「はぁー……」

 アリサはゆっくりとマンガを置いた。

「明日は学校かぁ……そういえば、席替せきがえするんだっけ。白石くんとだけは、隣になりたくないなぁ。きっとまた、私の漢字テスト見て、バカにするんだよ。『お前、こんな字も読めないのかよ』って、笑ってさぁ……」

 いけない。この言葉を私が聞いてしまった以上、アリサはその白石くんの隣になって、バカにされることになる。

 案の定、その翌日よくじつ、私はアリサのうんざりとした声を延々えんえん聞くハメになってしまった。

「なんで、あんなのと並ばないといけないわけ? ホント、最悪さいあく! 学校に行けなくなる病気にでも、なっちゃえばいいのに……」

 アリサはだれが、とは言わなかった。こういううらごとはたいてい、自分にりかかるようにできている。

 アリサは、例の通りのひどい姿勢しせいでゲーム機を手に取り、あそび始めた。うさ晴らしのつもりだろうか、ときどき、攻撃こうげき的な暴言ぼうげんきながら、ゲーム機のボタンを強めにたたいている。

 どんなに退屈たいくつでも、どんなに不愉快ふゆかいでも、私はぬいぐるみ。勝手に外へ遊びには出られない。ただ、姿勢の悪いアリサを見ながら、その暴言を聞いていることしかできない。パーシルが様子を見に来てくれればいいのに。

 徐々じょじょに、元々悪かったアリサの姿勢が、さらにひどくくずれていく。

「うぅ……」

 ゲーム機を顔からはなし、身体を起こして横にたおれてみたり、頭をうでで支えてみたり、姿勢を変えていく。具合でも悪いのだろうか、うめき声も聞こえてくる。

 アリサはゆっくりと立ち上がると、そのままベッドのほうへ移動いどうして、横になった。体調が悪いなら、てしまったほうが楽にちがいない。ベッドに倒れたアリサは、いくらか顔色が悪いように見えた。

 そのまま、お母さんに呼ばれるまで、アリサはずっとベッドに横になり、休んでいた。

「アリサ、ご飯よ! 少しは手伝いなさいよ!」

「うぅ……」

 ゆっくりと、アリサは身体を起こす。ゆったりとした動きで、視線しせん焦点しょうてんが定まらない。ぼさぼさのかみを整えもせず、ドアから出ていく。

 少しして、アリサは、お母さんと一緒いっしょに部屋へもどってきた。

大丈夫だいじょうぶ? スポーツドリンク、買ってくるわね」

「うん」

 そのままベッドに倒れむ。アリサは不満そうにドアのほうをじっと見ている。

「はぁー……なんでこんな日にかぎって、大好きなチーズハンバーグなんだろ……」

 夕食の話だろう。チーズハンバーグを食べられたなら、こんな愚痴ぐちはこぼさないはず。おそらく、食べられなかったんだろう。お気のどくに。

 アリサは泣きそうな顔をしていた。

 ピピピッと音が鳴り、アリサが脇にはさんでいたらしい体温計を取り出す。

「え、38度4? うぅ……つらいわけだわ」

 38度の発熱では、立派りっぱな病人だ。わざわいは自分に降りかかる。

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