いちご
私はいちごとしてこの世に生を受けた。
現代のいちごの恵まれようといったら大層なもので、
温度が寸分違わず調整されている音質で年中生活することは当たり前。農家の人がどんなに雑に扱いたくたって私は商品なんだから大切にされる運命にある。それは固定化された運命のようなもので、温室内での生活にどれだけの幸福を見いだせるかは私たちいちごの仕事なんだ。
葉にそよ風が吹いた。葉と葉の間を通り抜ける風の正体は冬だった。近くのコンビニが真夜中に灯す蛍光灯の色、フレッシュサラダのハンバーガーのいい香り、そしてなんてって土の香り。どの季節だって変わらずそこにある認識こそが私に時間の経過を伝えてくれる。だが、反面、冬や夏といった季節的な天候の移り変わりにはめっぽう弱いのだ。
冬が来たのを知ってしまったからにはやることが一つ。
春に向けて栄養を蓄え、赤色するか否かである。いい「いちご」になるのは農家の人が考えているほど難しくない。単純に養分をちまちま貯蓄して一気に表面に放出すればいいんだから。来る春に向けての努力を私は惜しまないから私はエリートなのだ。
凍える暗く寂しい冬の呼び込んだ温室で「彼」は努力を確かに惜しまなかった。
農家のことだけを考えるのではなく消費者に消費されるまでのことを常に思考し続けた。時には根っこさんに罵詈雑言を吐いて栄養をいつも以上にせしめたりした。そして、あるときは、競争に勝つために仲間いちごの成長を妨害するようになった。そうして一日一日を重ね、彼は最終的に自身の野望をその手に掌握した。
身は大きく赤色で、ほとばしる水分が齧らずとも分かるほどに成長した。
彼を見た多くの農家は一様に「みんなに親しまれるいちごだろう」といった。
しかしいちごが計算をし忘れていたのは農家が近年始めた「いちご狩り」のことだった。それは、小さな子供から成長しきった腹ペコの大人までが農場に侵略する機会と同義だった。
ある手がいちごのもとに伸びた。
ハサミで蔦が切り落とされる。
チョキチョキと軽快なリズムが奏でられた、途端に
おっと!
ゴトッ。ベチャ。
子供が彼を手から落としてしまったのだ。
なんて可哀想ないちご。
これまでの努力は一転、無に帰した。
その身は破裂し、もはや原型をとどめていない。
彼は絶望の淵でこう悟ったであろう。
「私を選ぶのは私自身ではなく、最終的には人間という他人であった。」
という大きな暗闇をまとった事実である。
いちごの努力は敬意に値する。彼の生涯は売れるために、より良くなるための向上心に満ち溢れていた。しかし、固定化された運命に立ち向かう中で彼は不幸なことに、浮動的な偶然に出会ってしまった。それは避けられなかっただろう。何より、結果を想像することなど誰ができただろうか。彼の人生はある一つの必然的偶然によって災難へといざなわれた。
そう、私筆者のようにね。。
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