第31話 突然の訪問者

 食事が終わってから私たちはソファに並んで座った。適度に酔いが回り、体がほてり気分が良くなってきた。


「このままここへ泊っていくといい」

「そんな、通さん」


「ね、今日は二人きりの記念すべき夜だ」

「何の記念なのかしら」


「それはこれからわかる」

「……そう」


 すると、通さんの電話に呼び出し音が鳴った。着信を見ると香織さんからだった。時計の針は十時を回っている。


「もしもし。何ですか! こんな夜遅く」

「通さんの家へお邪魔していいでしょ?」


「だめだ! 今、取込み中だ! 別の日にして下さい!」

「あら、もう家の前にいるのよ」


「何だって!」


 通さんは血相変えて、私に隠れるように言った。


「香織さんが家の前にいるらしい。メグリンどこかへ隠れてくれ!」

「えええ、隠れるだなんて。堂々としてちゃいけないの?」


「ここはまあ、隠れた方が無難だ。秘密にしておいた方がいい」

「そうかしら、もうはっきりさせた方が良くない?」


「いやいや、隠れ場所は……どこがいいかな。お風呂がいいか、トイレがいいか、そこじゃあ入ってくるかもしれないから、クローゼットにしよう。暗いけど座っていれば十分隠れられる」

「えええ、クローゼットの中ですかあ。見つからないかなあ」


 開けて見ると、服が沢山ハンガーにかかっているし、プラスチックのケースなども置かれていて、あまり広いとは言えない。部屋もあまり広くはないので、それ以外に隠れられる場所は無い。 


「じゃあ、クローゼットに隠れます。見つからないように他の場所に気を逸らせてください」

「ロマンチックな夜にとんだ邪魔が入ってしまった。帰ったら、合図する」


「はい、じっとしてますからご心配なく。バッグと靴も持って入ります」


 めぐが隠れると再び、香織の声が聞こえた。


「通さん、開けてください。まだですか」


 ドアの外では、どんどんと香織さんが扉を叩き叫んでいる。早くしないと近所にも聞こえてしまう。


「はい、はい。今開けますから、待っていてください!」


 ドアを開けた途端に、勢い込んで香織さんが中へ入って来た。


 通さんは、香織さんを部屋へ通した。


 香織は嬉しそうに部屋へ入って来たが、何だか様子が変だった。きょろきょろ部屋の様子を眺めまわしている。めぐがいた形跡はないはずなのだが……。


「あら、何だか変ねえ」

「何がですか。いつもと変わりませんよ」


「とってもいい香りがする。美味しそうな匂いが」

「ああ、自分でステーキを焼いて食べたんです。いいでしょう。一人でステーキを食べるのも乙なものです」


「それに、甘―いデザートの香りもする」

「あ、ああ。デザートにプリンを食べたんです」


「それに、これはシャンパンの匂い……どなたかと乾杯したんですか?」


 香織はあたり一面匂いを嗅ぎまくっている。


「香織さん、犬みたいですよ。そんなにクンクン匂いをかがなくてもいいじゃないですか」

「あら、テーブルの上に、綺麗なお花」


「ああ、それは香織さんが来ると思っていけておいたんです」

「そうなんですか。怪しいわ。誰かいたような気配……」


「そんなことはありませんよ。気のせいです」


 香織さんは、狭い部屋の中をぐるぐる歩いて誰かがいた痕跡を見つけようとしている。彼女の足がクローゼットの前で止まった。まずい! 何かメグリンがいた手掛かりになりそうなものがあったのだろうか。彼女の手がクローゼットの取っ手に伸びた。


「そこは開けないでくださいっ!」


 通が叫んだのと、彼女の手が扉を開くのが同時だった。ぱっと開けた瞬間、体を折り曲げて中で小さくなっているめぐの姿が目に入った。


「もう、かくれんぼなんかしないで出て来てください。ここにいると思ったのよ、メグリン。見つけた!」

「どうしてわかったんですか」


「だって、ワンピースの裾が扉に挟まってたんだもの。二人でかくれんぼなんかしちゃって……楽しそうね。ぐすん」


 香織さん、冗談を言いながら涙ぐんでいる。まずい所を見られてしまった。しかもこんなことをして誤魔化そうとするなんて、最低だった。


「香織さん、こんなことをしてごめんなさい」

「謝らなくていいよ。私の方がみじめになっちゃう」


 通さんが言い訳をして、彼女を慰めようとした。


「僕がメグリンンに隠れろって言ったんだ」

「通さんの大事な人は、彼女なんだね。問題が大きくならないように、彼女を隠したんでしょ。デートの邪魔しちゃったね、もう帰るよ」


 ああ、こんな形で香織さんに見せつけるつもりはなかったのに。もう私は会社も首になってしまうし、通さんとも会えなくなってしまうかもしれない。私も帰ろう。


「通さん、私も帰ります。お邪魔しちゃってすいません」

「なんだよ。メグリンンまで」


「とにかく、今日はもう失礼します」


 これ以上いても、騒ぎが大きくなりそうで私は通さんの部屋を出て自分の部屋へ戻った。バタンとドアを閉めると、ふ~っとため息が出た。プリンスのようなわけにはいかないのよね、通さんは。私は、床にへたり込んでしまった。


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