第28話 ランチタイムのデート

 翌日会社へ行くと、通さんが打ち合わせの時に私にいった。


「今日は昼食を一緒に食べよう」

「いいんですか。こんな時に」


「秘書と一緒に打ち合わせをするんだ、ダメなはずがない!」

「は、はい」


「では、下で待ってますよ。時間きっかりに来てください」

「えっ、ええ」


 昼食まではそれぞれの部屋で仕事をしていたのだが、お昼時間が迫ってくるにつれて私は落ち着かなくなった。


「あら、めぐさん。さっきから時計ばかり見て、何か予定があったかしら」


 武藤さんは、結構勘が鋭い。私がそわそわして、これは何かがあると察知している。


「特に、ありません。今日は朝食を食べてこなかったんで、お腹が空いてきちゃったんです。早く昼食時間にならないかなあ、と時間が気になっていただけです」

「まあ、しょうがないわねえ。ドーナツがあるから一つどうお?」


「あ、ああ。ありがとうございます」


 私は武藤さんからドーナツを貰い頬張った。


「美味しーです。あまり甘くないし、からりと揚がっていて歯ごたえもいいです」

「油がべっとりしてると美味しくないわよね。さっぱりしているくらいがいいのよ」


「そうですね。何事もさっぱりしてる方がいいわ」

「何か意味深なことを言ってるわね」


「人間も食べ物も、しつこいと嫌われるってことですよね」

「そうねえ。そう言うこと。あははは……」


 昼食時間になり、私は素早く部屋を出て行った。武藤さんが後ろから声を掛けた。


「健闘を祈ります」

「美味しいものを食べてきます」


「たくさん食べていらっしゃい。お腹空いてるんでしょ」

「行ってきます!」


 ビルの一階には通さんが既に来ていた。社長の目を避けているようで後ろめたい気持ちになる。


「さて、行こう。今日はイタリアンでも食べよう」

「いいですね。お腹ペコペコだし、丁度そんな気分だったから」


「会社を出たら、あまり畏まらないでね」

「そうね。あ、この店私も知ってるわ」


「来たことあったの?」

「何度か。お手ごろでおいしいランチセットがあるの」


「よし、今日はそれにしよう」


 通さんは茄子のミートソース、私は魚介類の入ったペスカトーレにした。どちらもセットでサラダとドリンク付きだった。


「通さん、パスタを食べる時はくるくるフォークで丸める時にミートソースが跳ねないように気を付けて。白いワイシャツが、オレンジ色に染まってしまうから」

「おお、気を付けなきゃね。二人で、オレンジ色に染まってしまったら、一緒に同じものを食べたのがばれてしまう」


「まあ、そこまで勘繰る人はいないでしょうけど、ずっと気になっちゃうんですよ」

「そうか。ピザにしておくのも手だったな。でももう注文しちゃったから、まあいいでしょう」


「それほど心配することもないでしょう」

「そうだ。それよりはるかに心配な事が僕にはあるんだから」


 こんな些細なことを心配している場合ではない。通さんの前には大問題が立ちふさがっているのだから。そんな中でも他愛のない会話ができるのは楽しいものだ。


 パスタを食べ終わり、メニューをちらりと見た通さんは、その中の何かに心を奪われたのだろう。私にそれを見せた。


「デザートがついていなかったな。別に頼もう。こんなおいしそうなケーキやパフェがある」

「あら、本当においしそう。でも時間が……」


「時間ならまだまだある。もうちょっとここにいたいし……」


 アイスコーヒーをストローで一口飲み、私の顔をちらちら見ている。もう少しここにいるのは構わないけどどうしようかな、とメニューを見ると美味しそうに私を誘惑している。写真はこれでもかというほどおいしそうに撮れている。


「じゃあ、何か食べようかな」

「僕は、チーズケーキにする」


「う~ん、私はチョコレートケーキにする」


 チョットカロリーが、と一瞬だけ思ったが濃厚なチョコレートの魅力には勝てなかった。結局二人でケーキまで食べることになった。


「そういえば、この間も食べたばかりだった……」

「変なことを思い出させないでよ、香織さんのケーキでしょ」


「ケーキには縁があるみたい。前の職場でも綾さんが手作りケーキを持ってきたわ」

「そうだったね。メグリンが引き寄せてるんだ」


「通さんが、引き寄せててるのよ。皆女性は通さんにケーキを持ってくる。気に入られたいから」

「メグリンは持ってきてくれなかったけど」


「でも、ここで食べることになった。う~ん、面白いわね」

「そうかあ」


 そんな、他愛のない話をして昼休みは終わってしまった。武藤さんが戻ってきた私にいった。


「お食事はどうでしたか?」

「パスタランチを食べてきたの。美味しかったわ。武藤さんも今度一緒に行きませんか?」


「いいえ、私は遠慮しておきます。仕事中にパスタを食べるとブラウスに飛んで染みになってしまうから」

「ああ、そうでした。私ったら不注意で……」


「若い人はいいのよ、うふふ……」


 私は、自分の胸元を見た。やっぱり、ほんの少しだが、オレンジ色の染みがついてしまった。私はトイレに入り、ハンカチを水に浸して必死にその染みをこすり落とした。

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