第27話 香織さんが押し掛けてきた!

 三人はケーキを食べた。通にとっては美味しくもなんともなかったが、出されたものは一応付き合いで食べた。


「通さん、また遊びに来てもいいでしょ?」

「ダメだ。家へ押しかけてくるなんて、やめてくれ!」


「あら、通さんは恥ずかしがり屋だから多少強引な方がいいって……」

「誰が言ったんだ!」


「お父様がおっしゃってたって……」

「あいつ、余計なことをしゃべって……」


「秘書のめぐさんは仕事熱心なのね。通さんの家の隣に住んでいるなんて、用があればすぐに飛んでこれるでしょう?」

「これは、逆なんだ!」


「逆というと」


―――まずい!


 通さんはこれ以上喋らないように止めなければ。私は両手を振り振り香織さんにいった。


「逆っていうのは、言葉の綾で……。私が仕事の都合上ここに住んでるんです」

「でしょう。真面目な方ね、めぐさんは。尊敬するわ」


「いえいえ、滅相もない。近くにいれば、朝の打ち合わせに遅れることもないし、一緒に出張もできるし色々と便利なんですよ」

「凄い! 私仕事したことないから、会社の事って全く分からないんです。勉強になりますう!」


 このお嬢様、並外れてすごい人だ。私とはずれているようだが通じ合う所もある。だからどこか憎めないのかもしれない。自分の気持ちを素直にあらわすところが可愛らしい。私にはそんな真似はできない。


「メグリン、僕はもう家に帰る! 香織さん、ついてこないでくださいねっ!」

「ああ、もう帰っちゃうの、通さん……せっかく来たのにい」


「じゃあな!」

「それじゃあ私も。また来ます、メグリン」

「ああ、香織さん。なんか御免なさい」


 香織さんは嵐のように現れて、嵐のように去っていった。去った頃あいを見計らって私は通さんに電話した。


「通さん、かっとして社長に私の事をしゃべらないでください」

「どうしてだ。もうこうなったら、はっきりさせた方がいい。そうすれば、この話はなかったことになるだろう」


「そんなことをすると、私は秘書を首になってしまいます。それは困るので、暫く私の事は黙っていた方がいいと思います」

「そうなのか、君も仕事がなくなってしまうと困るからな」


「仕事以上に、これっきり会えなくなりそうで、怖いんです」

「よし。じゃあ、二人の事は親父には黙っていることにする。でも、僕の気持ちは変わらないからね」


「はい、信じています」


 二人の事、と言われたが付き合っているのかいないのかわからないような変な関係だ。付き合っているのを他人に話したり、見せつけたりしたことは一度もない。ここへ来ている間だけ、付き合っているような気分に浸っているようなものだ。


「通さん、私この間紹介された占いの館へ行ってきたんです」

「メグリンは何を占ってもらったんですか」


「将来の事とか、恋愛運とか……」

「どうでしたか?」


「私は自分の気持ちに自分で気がつかなかったようです」

「それで、今ははっきりわかりましたか?」


「まあ、なんとなく」

「ふ~ん、それは良かった」


「内容は訊かないんですか?」

「訊かないことにします」


 訊くのが怖いのだろうか。通さんとは付き合わないほうがいいと言われるかもしれないから、訊けないのだろうか。


 めぐは、そんなことを思っていたのだが実態は違っていた。通は再び占いの館を訪ねてメグリンらしき女性が来たら自分の気持ちに気がつかないだけだと言ってほしいと占い師に頼んでおいたのだ。自分の事が好きなのに、それに気がつかないのだというように、手を回していた。それでは占いにならないだろうと彼女には咎められた。結局占い師は、本当に彼女が通の事を好きだったら、指示された通りに言うと約束した。


「じゃメグリンンは、彼女の占いを信じますか?」

「信じることにします。当たってるみたいですから」


 通は、電話越しににんまり笑った。


「お邪魔虫はそのうち退散するでしょう」

「あら、香織さんは悪い人じゃないですよ」


「メグリンがそんなことを言ったら、張り合いがないなあ」


 あら、あら、やきもちを焼いてほしいのね。可愛い人。


「あらまあ。香織さんたら、私たちの邪魔をしないで欲しいわね。私たちの方がお似合いのカップルよね」

「そう思うでしょう、メグリン」


「はい、はい。思います」


 ちょっとわざとらしかったかしら。


「じゃあ、また明日会社で」

「はい、おやすみなさい。通さんいい夢を見て……」


「メグリンも……ちゅ」


 電話はそこで終わったが、最後に聞こえてきた音は何なの……。ああ、通さんもかなり混乱して、結婚話には慌てふためいているが、本当は私の方がそれ以上なのだ。

 

 最近通さんとは相思相愛かなと思っていた矢先に、本物の結婚相手が現れてしまった。私にとってはかなりショックだ。すましているのは、通さんの方が慌てぶりが激しいからだ。あれ以上こちらが慌てたら、二人でパニックに陥ってしまう。


 どうしたらいいのだろうか。恋愛初心者の自分としては、何の対処方法も思いつかない。


 ああ、こんな時はお風呂に入ってゆっくりしてベッドにもぐり込むのが一番だ。以前はそんな時のお供にプリンスがいてくれたんだが……。やっぱり通さんはプリンスの代わりなんかじゃないんだ。自分で乗り越えるしかない。はあ、辛いなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る