第26話 三人が鉢合わせ

 翌日の通さんの様子が気になり、私は打ち合わせと称してそっと彼の部屋へ入った。


「何ですか?」

「打ち合わせはありませんか?」


「どうぞ」

「では座ります」


 ソファに座ってると、通さんが前の椅子にドスンと座った。機嫌はすこぶる悪い。


「昨日は、大変でしたね」

「ご心配なく。何とかやり過ごしますよ」


「そうですか……」

「他に何か用がありますか?」


「いえ、もう行きますね」


 私は、そそくさと部屋を出た。彼は昨日とあまり変わっていない。目も血走っている。その後、私は社長室にお茶を持っていった。


「社長、お茶をお持ちしました。昨日は接待だとお伺いしましたが」

「通の奴、君に喋ったんだな」


「うまくいったのですか?」

「まだわからない。通の態度次第だな」


「通さんの結婚が絡んでいるんですね」

「全く、どこまでも口の軽いやつだな」


「あっ、そうなのかなと、私が勘違いしただけです」

「ふん。君は勘がいいのかな?」


「そのようです」


―――しまった! 口が滑った。


 通さんから聞いたなんてわかったらまずい。私は、そこで話を切り上げた。武藤さんは昨日何があったのか、私に訊いてきた。


「メグリン、昨日の接待の事何か聞いてるの?」

「いいえ、接待があったことだけは聞きましたが、どんな内容かまでは分かりません」


「そうお。あなたもそわそわして、何かご存じなのかと思ったわ」

「いえ、私などの知るところではありません。社長秘書の武藤さんがご存じないことを、わたしが知ってるわけありませんよ」


 私は武藤さんにも疑われながら、会社を後にした。



 家に帰ると通さんが訪ねてきた。他社のお嬢さんと結婚の話が持ち上がった通さんを、部屋に入れていいものか思いあぐねていた。


「メグリン、僕です」

「分かってます」


「開けてください!」

「はい、今開けます」


 最近訪ねてくるのは、通さんだけだ。それでも中へ入れていいかどうかまだ迷っていた。


「入りますよ」

「ちょっ、ちょっと、待ってください。入っちゃまずいんじゃないかなあ」


「何を言っているんだ! いつも入れてくれるのに。いいでしょう。僕は何も変わっていない」

「だけど、今の通さんは……」


「あんな結婚の話は、聞かなかったことにしてくれ! じゃあ入ります!」

「ちょ、ちょっと、待って! あああ、ああ……」


 通さんは、戸を開けるとどんどん中へ入り、靴を脱ぎ上がり込んでしまった。ドアを開けた時点で選択の余地はなかった。


「あんな人放っておけばいいんだ」

「でも、このままじゃあまずいでしょう。技術提携の話絡みですし。どうにか円満に解決しないと……」


「円満になどできませんよ。強引にした方がいい」


 通さんは言い出すと結構頑固だ。しかし断わるにせよ、うまく断らないと、後で面倒なことになるだろう。


 再びチャイムの音がした。通さん以外でここへ来る人がいるかしら。


「はい、どなたですか?」

「私松園香織です、開けてください」


「はい、お待ちください」


 私は、ドアを開けた。すると香織さんは廊下の奥をじっと見て、手を挙げて挨拶をした。


「ここへ来ていたんですね、通さん! 私です、香織です!」

「何だって、なぜここがわかったんだ!」


「通さんに会いに来たら、こちらのお宅へ入って行ったので、私も来てしまいました。今日は美味しいケーキを持ってきたんで、一緒に食べましょう」

「全く突然押しかけてくるなんて、非常識だよ」


「まあ、チョット一緒に食べましょう」

「通さん、そんな喧嘩腰にならないで。香織さん、こちらに座ってください」


「あら、ありがとう。こちらの方は通さんのお友達?」

「いえ、秘書の友村めぐさんだ。メグリンと呼んでいる」

「あら、メグリン。よろしくね。私は香織。通さんとお付き合いすることになったの」


 通さんは、怒ったような顔をしている。


「付き合った覚えはない!」

「まあ、照れ屋なんだから。ちょっとづつ仲良くしましょう、通さん。じゃあ、ケーキ出しましょうか。秘書の方も一緒に召しあがってね。通さんと仕事の打ち合わせをしていらしたんでしょう。熱心な方ね」

「ああ、お皿を用意します」


 私は、お皿を三枚出し、紅茶の用意を始めた。香織さんはお嬢さんらしく、物おじしないところが魅力のようだ。通さんとのこともうまくいくものと思っているのだろう。通さんは、帰ってもらうことはもうあきらめて、じっと彼女の様子を見ていた。


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