第25話 ライバル出現
通は食事をしたらまっすぐ帰り、もう会うのはこれっきりにしようと思った。はっきり言わなければ。
「親父にこんな魂胆があるとは思わなかったなあ」
「何もご存じなかったんですね」
「卑怯だな……」
通は毒づいた。はっきり自分に付き合う意思がないことを示したかった。
「じゃあ、お食事だけ楽しむことにしませんか?」
「そうだな」
「父は私の事、箱入り娘みたいに言ってたけどそんなことはないんですよ」
「じゃあ、付き合った人がいたということ?」
「それは……言えないわ」
香織は思わせぶりな言い方をした。俺の気を引こうとしているのか、と通はちらりと香織の顔を見た。
食事が運ばれてくると、香織は美味しそうにステーキを食べワインを飲んだ。
「美味しいわね、通さん」
「うん、まあね」
「私こんなにたくさん食べられないわ、一つどうぞ」
香織は肉を一切れ通の皿に乗せ、にっこり微笑んだ。
「ああ、どうも。気を遣わなくていいですよ。」
「まあ、まあ、そう言わずたくさん召し上がってください」
通は以前酔ってふらふらになってしまったこともあり、酒を飲まないように気を付けていた。しかし注がれたワインが全く減らないのもおかしいと思い、一口又一口と飲んでいた。香織がどんどん継ぎ足してしまい、飲んだ量がわからなくなってきた。このぐらいなら酔わないだろうと思っていたのだが、思った以上にその量は多かった。いつの間にかグラス一杯分ぐらいを飲んでしまい、頭がくらくらしてきた。
食事が終わった頃には、目がとろんと座ってきた。
「あら、通さん随分飲んでたんですね。私も今日はとっても気分が良くて、たくさん飲んでしまったわ」
そう言っている割に、変わった様子は全く見られない。酒に強いのだろう。
「僕はあまり気分は良くないが」
「まあ、そんなそっけない所も通さんの魅力ですね」
「ふん。僕はそっけない男なんですよ。これが元々の僕ですから」
こんな姿を見せれば気に入るはずがないだろうとさらに毒づいた。ところが香織は引き下がらない。
「すましたところもかっこいいわ。このまま帰るなんてもったいない。どこかで二次会をしましょう。カラオケに行きます? それともバーで飲み直しましょうか?」
「いや、僕はもう帰ります。こんなに酔ってしまったらどこへも行けません」
「まあ、通さんたら。じゃあ、私が送って行きますよ」
「いいです、自分で帰れますから!」
このままでは完全に香織のペースに巻き込まれてしまう。通は勇気を出して立ち上がった……つもりが、ぺたりと椅子に座り込んでしまった。思いのほか酔いが回ってしまい、立って歩くことができない。
「私送って行きます」
「いや、自分で帰る!」
自分の意思とは逆に通の体はふらふらになり、香織の支えなしでは歩けなくなってしまった。香りにつかまりようやくレストランを出ると、タクシーに乗り込んだ。
行き先をやっと告げて家にたどり着いた。そこでも香織は心配そうに付き添い部屋の前まで来た。通は財布から鍵を取り出し開けた。香織はまだそれをじっと覗き込んでいる。通はさらに喧嘩腰にいった。
「どうも、じゃあ!」
「ちょ、ちょっと待ってよお! こんなじゃ少し傍にいないと心配だわ。私も入る」
「もう、帰っていいよ!」
「本当に大丈夫なの。倒れちゃったら私のせいだわ!」
「そんなことはない! 俺が勝手に飲んだんだから。いいかい、もう閉めますよ!」
「あ~ん。通さんったら……」
通は、最後の力を振り絞って香織をドアの外へ押し出した。そして、勢いよくバタンとドアを閉めた。時刻は十時を回っていたが、めぐは自分の部屋でその音を聞いていた。随分どたばたうるさいわね。何事かしら、とじっと耳を澄ませているとその騒動は収まり静かになった。物音がしなっくなった頃あいを見計らって、通の部屋を訪ねてみた。
チャイムを鳴らすと、インターホン越しに、不機嫌な声が返ってきた。
「どなた?」
「私です。めぐです」
「ああ、今開けます」
千鳥足で通が現れドアを開けめぐを中へ入れた。
「どうしたんですか。誰かいたんですね?」
「いや、誰もいない。君には関係のないことだ!」
「話してください」
「……いや、話しても……仕方がない……」
「言いたくないならいいけど、話してしまった方が気持ちがすっきりするかも。私秘密は守りますので」
「そうだ、君は僕の秘書だった」
「……ですから」
「これは政略結婚だ。オヤジの策略にはまった」
「……はあ?」
「仕事に私情を持ち込むなんて……最低だあ! 仕事に俺を利用するなんて……」
「分かった! 仕事が有利になるように、結婚しろと言われている。そうですね!」
「メグリン、随分軽く言うね。本人にとっては大問題なんだ。技術協力と結婚がセットになってるってありえないだろう!」
「いえ、よくあることなんじゃありませんか。私はその世界の人間ではありませんが、通さんの世界では」
「ここは同じ国なんだぞ。別世界みたいなことを言うなあ」
「いわば別世界のお話。私にはそんな話は100パーセントありませんので」
「……ああ、断らなきゃ。どうにかうまく断るぞ!」
「その意志は固いんですね」
「決まってるだろ。僕にはメグリンが……メグリンがあ!」
そこまで言うと、通さんはソファにひっくり返り、目を閉じてしまった。よほどお酒を飲んでしまったのだろう。寝顔も素敵だ。この顔にメロメロになってしまったんだろう。メグはそっと毛布を掛け、部屋を後にした。
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