第24話 食事会で予想外の出会い

 数日後、通さんは社長と食事会があるとかでいつもよりお洒落をしてきた。細身のスーツに臙脂のネクタイ、細かく猫のプリントが入っている。靴は先が細くなっていてよく磨き込まれている。


「通さん、今日はどこかへお出かけですか?」

「あれ、分かりますか」


「服装がいつもと違いますよ」

「社長と食事会なんです。取引先の会社の人と一緒だということで、こんな格好をしています」


「なかなかいいですよ。似合っています。好印象を持たれますね」

「おお、メグリンがそう言ってくれると心強い」


 

 社長室へお茶を持って行くと、社長がめぐに訊いてきた。

 

「今日の通はどうですか?」

「ああ、服装の事ですか。なかなか決まっています」


「あいつは背が高いから、おしゃれをすると格好いいだろう?」


 めぐはちょっと言葉に困ったが、褒めてもらいたがっているようなのでめちゃくちゃ褒めた。


「スタイルもいいし、顔もいいので、素敵な服装をしたらモデルのようです。持てること請け合いです」

「そうか。それならよかった。ありがとう。うまいお茶ですね」


 社長はご機嫌だ。しかもそわそわしている。これは今日の会合なにかあるのではないだろうか。社長は分かりやすい人だ。


 

 通にもその後聞いてみた。


「通さん、今日の食事会って、普通の食事会ですか?」

「そう、だと思います。他社の方と一緒だということは訊いていますので。接待なのではないでしょうか?」


「接待ですか……う~ん」

「……何ですか。気になりますか」


「……ちょっと。頑張ってください」


 

 私は秘書室で武藤さんに、今日の食事会のことを聞いてみた。


「今日、社長はどなたかを接待されるんですか?」

「いいえ、特に予定はないはずですが……」


「……そうなんですか」

「めぐさんは何か聞いているのですか?」


「いいえ、別に聞いていませんが」

「あらあら、通さまがおしゃれしてきたので気になってるんですね」


「気にはなっていません。好奇心から聞いたまでです」

「さようですか。かなり気になっているように見えましたので」


 武藤さんは、眼鏡をくいっと持ち上げ私の顔を見てニヤッと笑った。


 残業で残っていることの多い通さんが、この日は早めに会社を出た。社長も一緒に出掛けたようで、秘書の武藤さんも早めに引き上げてしまった。何か秘密の会合が行われているようで気になったが、私も仕事が終わったので早めに引き上げた。



 そのころ通は約束のホテルのレストランへ着き社長と共に予約した座席についていた。そこは個室になっていて、他の席とは隔てられた場所にあった。落ち着いた雰囲気の中でどんな取引をしようというのだろうか。通も昼間めぐに言われたことが気になっていた。


「父さん、取引先とは?」

「ああ、おなじ製薬会社の社長さんがいらっしゃる」


「打ち合わせの内容は……」

「技術協力しようという話が持ち上がってな……」


「そうでしたか」


 案内されて五十代と思しき男性と若い女性の二人が現れた。通は、社長と秘書で現れたのかなと踏んだ。


「私松園製薬社長、松園大輔です。こちらは娘の香織です」

「頼子です」


 松園社長は恰幅の良い体にダブルの背広を着ていて、座ると巨体の重みで椅子がミシミシ鳴った。それに似合わず頼子の方はすらりとした体形で、白の生地にラメが入った華やかなスーツを着こなしていた。胸元が少し開いているところが可憐な中にも色気を感じさせる。

 

 通の父親が挨拶をした。


「私は万能製薬社長、万能充。こちらは倅の通です」

「よろしくお願いします」


「今日は技術協力の話と、子供達同士の紹介を兼ねてお会いした次第です」

「えっ、父さん、いや社長。それはどういうこと?」


 通にとっては全くの初耳だった。二人を出あわせるのも目的の一つだったとは……。寝耳に水だ。


「まあ、いいではないか。若い者同士。家の息子は全く奥手で、今まで付き合った女性の一人もいないんです」


 すると松園大輔もすかさず答えた。


「家の頼子も、男性と付き合ったことなど一度もなくて。いつの間にかこの年になってしまいました」


 すると万能充も続けた。


「このようなお嬢様に変な虫がついては大変です。家の通がお眼鏡にかなえばいいのですが」

「いやいや、通様こそ好青年で、さぞかし女性におもてになるでしょう。女性の方が掘っておかないでしょう」


 二人の会話だけがどんどんエスカレートしていく。


「ちょっと、父さん! 二人で勝手に話を進めないでください」

「ああ、そうだったな。この後二人でゆっくりお茶でも飲んで話をしなさい」


「……全く、困った人だな」


 当の香織は、はにかんだような表情をしている。この件については聞かされていたようだ。通だけが何も知らされずここへ来てしまったということだ。自分の気持ちも聞かずに。というか父親は僕に好きな人がいることを知らなかったんだ、と通は今までめぐについては何も言っていなかったことを後悔した。


「父さん、実は、僕には……」

「まあ、いい。今日のところは顔合わせだけで。社長、僕たちは別の場所へ移動しましょう」


 ということで、父親たちはさっさと退散してしい、通と香織だけが取り残されてしまった。そこへスープが運ばれてきて、いつの間にかディナーが始まってしまった。

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