第20話 秘書の仕事
「メグリン、一日の日程を説明しましょう。まず朝来たら僕にコーヒーを持ってきてください。次に、十時になったらおやつを用意してください。昼食の時間になったら一緒に食事をしましょう。三時になったら再びコーヒーを淹れてください。その後は特にありません。毎日ではありませんが、残業するときは軽食を用意してください」
「はい、お茶の時間については分かりました。それでは仕事の内容について説明してくれませんか」
「仕事? ああ、そうですね。夕方になったら少し肩が凝ってきちゃうので、肩をもんでもらいましょう。そして、仕事が終わったら帰っていいです」
「そ、それはちょっとしたおまけみたいなものでしょう。本当にお仕事は、何をやったらいいのですか。私は通さんの秘書なんですから。しかも給料をもらっているのに」
「では、武藤さんに訊いて、手伝いをしてください。メールの整理や、電話連絡などがあるかもしれませんから」
「ああ、そうですか。じゃあ、そうします。通さん」
私は通さんの耳元で小声で囁いた。
「本当にこんな仕事で、大丈夫なのですか。通さんがお父様に叱られたら困ります!」
「メグリン、そんな心配をしてくれるんですか。優しいなあ。大丈夫ですよ」
「じゃあ、信用することにします。では、今言われた時間に言われたことをしますね」
「うん、よろしくね。時間が来るのが楽しみだなあ」
「それから、今月の予定表があったら頂きたいのですが。来月もあればそれも……」
「はい、これね」
それを見たら、新製品の開発チームとの打ち合わせだとか、研究所との打ち合わせだとか、~へ納入とか、色々なことが書かれている。
「打ち合わせの時は、私は何をすればいいのですか」
「それは……お茶の用意があったら言います。書類を準備してもらうかもしれませんので、その時は一緒にやりましょう」
「是非、前もって伝えてくださいね」
「分かってますよ、もうメグリン」
「では、私はお仕事の邪魔になっちゃいますので、そろそろ失礼します」
「邪魔になんかならないけど、じゃあまた」
通さんは私にウィンクして手を振った。前の職場であれほど忙しく夜まで働いていたのが嘘のような職場だ。これで本当にお金がもらえるのか、お金を出してしまって困らないのか、給料日まで心配だった。
私は仕方なく武藤さんに何をしたらいいのか訊いてみた。
「武藤さん、今通さんと仕事の打ち合わせをしてきました。言われた仕事以外で、何かあったらお手伝いします」
「そうねえ。じゃあ手伝ってもらおうかしら。社長にお茶を淹れてください」
「あの、それは武藤さんがやらなくて大丈夫ですか。怒られたりしないのかなあと思いまして」
「平気よ。社長とは知り合いなんだから」
一体どういう知り合いなんだろうか。私は言われた通り社長にお茶を持って行った。
「お茶をお持ちしました」
「おお、これはありがとう。君にお茶を淹れてもらえるとは思わなかった。君は通の秘書だからなあ」
「私でよければ、お持ちします」
「そうお。でも武藤さんが調子に乗っちゃうから、そんなに無理しなくていいよ」
「はい、わかりました」
仕事をしに来たのに、こんなに甘やかされていいのだろうか。今の通さんもプリンスに支配されてまっとうな判断力を失っているんだろうか。こちらとしては、楽をしてお金をたくさんもらえるのはいいことだけれど、それに後で気づいた時に私を許してくれるのかしら。騙されたと思って、追い出すかもしれない。覚悟しておかなきゃ。それまでは今までの疲れをいやすつもりでここで過ごすことにしましょ。
私はちらりと武藤さんの方を見た。武藤さんもこちらが気になるらしく、目が合ってしまった。パソコンでできる仕事だったら私の方が得意かもしれないから、言いつけてくれればいいのにと、心の中でつぶやいた。雰囲気で察した武藤さんは、書類を持ってこちらへ来ると言った。
「これ、パソコンで打っておいてくれないかしら。あなたの方が得意そうだから」
「はい、お任せください」
やっぱり思った通りだった。これで午前中の仕事はできた。武藤さんはゆっくり紅茶をすすり始めた。
暫くその仕事をしていると、通さんが現れた。
「あれ、パソコンで何をしているんですか」
「ああ、書類を作成していたところです」
「そんな仕事ありましたか」
「いいんですよ。時間はたっぷりありますし、今までやっていたことですから、どんどん言いつけてくださって」
「そんなに頑張って早く打っていると、指が疲れてしまいますよ」
「それほどではありません」
通さんは武藤さんの方をちらりと見た。武藤さんは咳ばらいをしてごまかした。
「武藤さん、こき使わないでください」
「あら、あら、仕事をしたいって言われたもんだから」
「もう、しょうがない人だなあ」
私は、通さんにいった。
「大丈夫ですよ。できる範囲でやっているので、気にしないで戻ってください」
「あれ、あれ、追い出されちゃった」
こんなに甘やかされてしまって、どうなってしまうのか自分でも心配になってきた。
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