第14話 どちらなの?

「メグリン」

「何ですか、通さん」


「僕のこと変な奴だと思いますか」

「いえ、プリンスが乗り移っているだけですので、仕方ないですよ」


「そうですよね」


 通は体を起こした


「メグリンには付き合っている男性はいますか」

「……いません」


「好きな人は?」

「……そんなこと訊かないでくださいよ」


「……あ、御免。僕も混乱しているんです」


 通さんは、寂し気な表情をした。彼だって自分の中に別の人格が住み着いて困っているんだ。あ、人格とは言わないか。わかってあげなきゃ。私の日常は通さんに惑わされっぱなしだが、それも自分の不注意から始まったこと、彼を責めてはいけないと思う。


「僕はもう少しここに座っていますから、自分の用をしていてください」

「はい、それじゃあ夕食の洗い物をしますので……」


 私はキッチンで洗い物をして皿を片付けた。すぐに終わってしまったので再びベッドのところへ戻った。


「もうお風呂の時間でしょう。僕の事は気にせずお風呂に入ってください」

「えっ、お風呂ですか」


 私は一瞬ためらった。今は通さんに戻っていると思ったのだが、違うのだろうか。


「通さんは、何をしているのですか」

「僕はごろごろ寝ていますので、気にしないで」


 ああ、プリンスに戻っちゃったのね、と思いお風呂に入ることにした。私は着替えを持って風呂に入りパジャマ姿で出て来た。すると、通さんはベッドの上に横になったまま眠ってしまっていた。あまりにも気持ちよさそうに眠っていたので、暫く放っておこうかと思い、私はソファに横になっていた。

 

 昼間の疲れが出て、私も横になってしまった。少しだけこのまま体を休めようと、目を閉じていた。電気をつけたままだったので、すぐに目が覚めるだろうと安心していたのだが、ふと気がついて時計を見るとすでに夜中の二時を回っていた。あら、いけない。ベッドの上には通さんが乗っかってしまって、いつの間にか大の字になって寝込んでいる。私は顔を覗き込み、体を揺すってみた。


「あのう、もう二時です。起きてください」

「う~ん、良く寝てしまった。あれ、もう二時になってる。眠ったのは……」


「多分十時ごろだと思います。私がお風呂に入った時にはもう眠っていましたから。私もソファで眠ってしまったんです。今起きたところです」

「ああ、もう帰らなければ」


「そういえば、夕食も食べていませんでしたよね。お腹が空いてしまいました。何か食べますか?」

「はい、簡単なもので」


「そうだわ、カップ麺があった。食べますか?」

「いいですね」


「じゃあ、お湯を沸かします」


 二人はキッチンへ行き、めぐはパジャマ姿のままお湯を沸かした。こんな生活をしていたら姉に怪しまれるのも無理はない。彼氏がいたら修羅場になっていたはずだ。


 職場ではシャツにシンプルなスカートやパンツ姿を見慣れている通は、めぐのパジャマ姿を珍しそうに見ていた。髪の毛も緩く後ろで結わえている。その髪の毛の先が濡れて光っている。風呂上がりのゆったりと寛いでいる姿もなかなかいいものだ。


「せっかく寛いでいるのに、僕みたいなお邪魔虫がいて悪かったですね」

「まあ、二人とも眠ってしまったので仕方ありません」


「メグリンも、仕事で疲れ切っていたんですね。いつも遅いからなあ」

「もう慣れました」


「社長も、ノルマがあるから社員にはきつく当たるんですよ。売り上げが伸びないと、経営が厳しいなっちゃいますから」

「通さんは、色んな職種を経験されていたんですよね」


「はい。僕は派遣社員ですから。派遣先があればどこへでも行きます。あの社長より厳しい人もいますよ」

「そ、そうなんですか」


「はい。まあ、もっと早く帰れるところもありましたけど。色々ですよ」

「こんな状況でも贅沢は言えませんね。はあ」


「健康食品は、これからまだまだ伸びるでしょうから、僕は勉強になっています」


 私には、結構きつく言っていた通さんだったが、今日はゆっくり世間話が出来てよかった。


「ラーメンご馳走様でした。そろそろ帰ります」

「ああ、そのままでいいですよ。じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみなさい。また明日じゃないですね。今日になっちゃいましたから」

「はい。もう少し休んでから会社で会いましょう」


 通さんはすっと立ち上がり出て行った。あれは通さんだ。いつの間にか戻っていた。プリンスじゃない。随分自然に話が出来た。私も構えなかったし、彼もカッコつけてないみたいだ。


 私は、ベッドにもぐりこみもう一度眠ろうとしたが、今度はすぐには寝付けなくなってしまった。プリンスなのか通さんなのか見分けがつかなくなってしまった。

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