第13話 突然やって来た姉

 会社から帰っても、いつも気が気ではなくなった。隣の家に通が引っ越してきてしまったのだ。いつ家に訪ねて来られるかわからない。無下に追い返すとプイと拗ねたり、酷い時は家の前に座り込んでしまう。近所の目があるので結局入れることになる。


 夕食を摂っていると案の定呼び鈴が鳴った。思ったとおり、覗き穴からこちらを見ている。


「は~い、ちょっとお待ちください」


 ドアを開けると、ひょいと中へ入って来た。何も言わずに靴を脱ぎ、すたすたと家の奥へ入りキッチンのテーブルの前の椅子に座った。何度も来ているので、気ままな態度には慣れている。プリンスが乗り移っている時はあまり気を遣う必要もない。通さんに戻れば、はっとしてすぐに帰ってしまうのだから。


「何か飲みますか。ミルクがいいですか? そうだわ、ツナ缶も買っておきました」

「今日はコーヒーを頂きます」


「え、初めてですね。大丈夫かしら、苦いですよ」

「今日は味見してみたい気分です」


「じゃあ、お砂糖とミルクを入れるので、飲んでみてください」


 通はゴクリと飲み、ふーっとため息をついた。こんな風にこちらに興味がないようなふりをするのもよくあることだ。気にしないで、めぐも一緒に飲んだ。テーブルでは、あまり話もせず、コーヒーをすすり考え事をしているように見える。


 その時、ドアの呼び鈴が鳴った。時刻は九時を回っている。通さん以外にこの時間に来るのはほとんどいない。メグは警戒しながら覗き穴を除いた。そこには姉の加奈がいた。めぐは焦った。最近通がここへ来ていることを、姉は知らない。再度呼び鈴が鳴った。


「ハイ、ハイ、今開けますよ」

「何してるのよ。早く開けてよお。元気にしてた、めぐ?」


「相変わらず毎日忙しい」

「そう。あのさ、プリン買ってきたのよ。一緒に食べよう!」


「わあ、ありがとっ」


 姉の加奈が来るのは一か月ぶりくらいだ。前に来た時にはプリンスがいなくなり、私が悲しみに暮れていた時だった。

 キッチンに入ってくるとそこにイケメンが座っていることに気がつき、目の色が変わった。


「あっ、こちらの方は、めぐ」

「こちらは、会社の同僚の涼風通さん。最近入社してきたの」


 姉は私の耳元で囁いた。


「素敵な人じゃない。彼氏?」

「別にそんなんじゃない」


「本当、すっかり寛いじゃってる」

「ああ、こういう人なのよ。気にしないで」


 通さんは、姉の顔を見てにっこり微笑んでいった。


「メグリン、コーヒー美味しかった」


 姉が、プリンを箱から出していった。


「あら、プリンはいかが。一緒に食べましょう」

「通さんは、プリンは苦手だと思うけど。そうよね、通さん」


 すると、通は手を横に振った。


「プリンは大好物です。喜んでいただきます」

「ほら、嫌いな人はいないわよ。美味しいんだから。メグがいつもお世話になっています」


「いえ、こちらこそお世話になってます。僕最近入社したばかりなので、色々教えてもらっています」

「あら、新入社員の方なんですね」

「はい」


 通さんはスプーンですくって美味しそうに食べ始めた。


 あれ、プリンスと通さんとどっちなの。元に戻っているのかしら。訳が分からなくなった。プリンスに甘いものを食べさせたことがなかったのに美味しそうに食べているからだ。するとめぐの胸のあたりをじっと見つめていった。


「メグリンの胸のようです」

「通さんなんてことをおっしゃるの!」


 姉は、二人の顔を交互に見つめている。


「あら、二人はとても仲がいいのね、うふ」

「違うのよ、例えよ、例え。ねえ、通さん。このプリン、私の胸に似てるってことでしょ」


「いや、本当に感触が、メグリンの胸みたいだなと思った」

「わあ、やっぱりめぐと熱々じゃないの」


「うん。いつもスキンシップしてるから」

「通さん、想像力がたくましいんだから」


 もうどうしたらいいのだろう。姉には勘違いされるし。


「メグリン、膝枕して」

「ちょ、ちょっと待ってよ、通さん」


「わあ、もう見てられない。あたしそろそろ失礼するわ。また来るから、頑張ってねめぐ」


 姉は、慌てて部屋を出て行った。


「お姉ちゃん帰っちゃったわ。しょうがないわね。膝枕してあげるわ」


私は優しくいった。


「御免ね。ありがとう、メグリン」


 二人でベッドに座り、通さんは大きな体を傾むけ、頭を私の膝の上に載せた。私はそっと髪の毛を撫でた。そのまま頬を撫でたり背中をさすったりした。それを続けていると、急にぴくッと体を震わせたが、通さんはそのまま私に触られるままになっていた。


 その時通の意識は完全に自分のものになっていた。急に意識が戻ったのだが、あまりにも甘く優しい膝枕に、動けなくなってしまったのだ。めぐの太ももの感触が顔全体に伝わってきて、体中が包まれているような錯覚におちいった。


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