第12話 通、占いの館へ

『ああ、やっとめぐりんの傍にこられた。本当は一緒に暮らしたかったんだけど、人間の男の体に入ってしまったから、それは無理かな。しかしこの体なんだか変な感じだ。大きすぎて隠れるのが大変だ』


 通の体の中でプリンスの意識が目覚めて独り言を言っていた。通にしてみれば、自分が二重人格になってしまったようで気が気ではない。もう一人の自分がいつ目覚めるかわからないのだ。プリンスが目覚めるのは夜がほとんどだ。あの猫がメグを大好きだったのは分かったが、俺は一体あの娘の事をどう思っていたのだろう。傍にいるといつも格好つけたり、わざと気のないふりをしていたような気がする。しかし、そんなことをするのってかなり彼女を意識していたんじゃないのだろうか。思春期の男子が、好きな女の子に冷たくしたり気のないふりをするものだが、俺は中学生並みの男なのか。


 プリンスに意識を乗っ取られてた時の俺は、この部屋へ来て元の住人に頼み込み、三か月分の家賃を払って追い出し隣に引っ越してきた。正気の時の俺だったら絶対にしないことだ。ああ、自分の体なのに、自分じゃないみたいでどうしたらいいんだ!


 

 通は当てもなく街へ出た。途中でプリンスが目覚めてしまっても、めぐがいなければ本能的に求めたりしないだろう。うまく解決する方法はないだろうか。通の足は自然と駅の方へ向かっていた。人々の雑踏の中にいれば、気がまぎれるかもしれない。繁華街を一歩裏に入った狭い路地に吸い込まれるように入った。スナックや、居酒屋などがあったが、そこをもっと奥へ進むと、占いの館と書かれた看板が見えた。


 占いかあ。当たるんだろうか。


 入り口に立ち、ほんの少しだけドアを開け中に目を凝らしていると、中年の女性と目が合った。中はオレンジ色の照明の奥にテーブルがあり、その上には水晶球が置かれていた。ほの暗い店内にはお香の匂いが漂っている。中にもあなたの運勢占います、と書かれていて、女性は神秘的な微笑みをこちらへ向けていた。彼女は頭に薄紫色のベールを乗せ、薄紫色のドレスを着ていた。首にはパールのネックレスが下がっている。机の上に乗せた手の指には、大きな緑色の指輪がはめられていた。さらに一歩中へ進んだ。すると女性は通に声を掛けてきた。


「いらっしゃい。こちらへどうぞ」


 声は思いのほか柔らかかった。通はテーブルの傍へ寄った。占いなんて今まで信じたこともないし、ここへも目的があってきたわけではなかった。でも今の通は話を聞いてみようか、という気持ちになっていた。それだけ困り果てていたからかもしれない。その声に引き付けられるように、通はいつの間にか女性目の前に立っていた。


「さあ、どうぞお座りください。どんなことでも占います」

「どんなことでも……では、占ってください」


「何をお知りになりたいのですか?」

「僕の……本心です。彼女とどうなるのか……」


「では、占う前にお話を色々聞かせてください。私の質問にお答えください」


 紫色の服を着た占い師は、黒縁の眼鏡をくいッと持ち上げ、水晶玉を見つめながらいくつかの質問をした。彼女には話してみようと思い、プリンスが自分に乗り移っていることや、自分が二重人格のようになっていることを打ち明けた。なぜか彼女は驚いたそぶりも見せず、落ち着いて聞いていた。


「あなたは、その女性の事が好きなのですね」

「いや、特別意識したことはありませんでした」


「しかし、心の奥底ではその女性の事を愛しているのです。だから、プリンスという猫がとりつき彼女の方へ引かれているのです」


 その言葉は通に衝撃を与えた。そうだったのだろうか。出会った時から彼女に絡んでは格好つけていた。言われてみると心当たりがたくさんあった。


「では、この先彼女とはどう接して行けばいいのでしょうか」

「それは……あなたの心の赴くままにするしかないでしょう。誰も人の心は止められるものではありません。プリンスに入られてしまい彼女に近づけることをあなた自身が本当は喜んでいるのではありませんか」


「えっ……そうなのでしょうか……」

「だから、悩んでいるんでしょう。本当はあなた自身が近寄りたかったのに、プリンスが入ってしまったから、彼女はあなたの本心を知ることができないし、あなたも本心を明かせなくなった」


「あっ、そう言うことだったのか……では」

「では、今度はあなたが彼女と向き合ってみてください。答えはおのずと見つかるでしょう。私が話せることはここまでです。ご幸運をお祈りしています」


 通は、ぼおっとして水晶玉を見つめた。そして我に返って占い師に訊いた。


「料金は、いかほどですか?」

「一回三千円です」


 わりと良心的な値段だなと思い、千円札を三枚出した。占い師は丁寧に領収書を書き通に手渡した。それには相談料と書かれていた。


 自分が彼女の事を好きだったのだ、という占い師の言葉が心の中に残っていた。確かに会った時から彼女の事が気になっていた。気になるあまりつっけんどんな態度を立ってしまった。そうだとすると、この恋は自分の片思いだ。彼女も仕事で話す以外、あまり自分に対して親密な雰囲気にはなっていない。自分に好意があるとは思えないし、好きな素振り一つ見せたことがない。


 ここは、プリンスがとりついていないときも、憑りつかれたふりをして迫ってしまおうか。しかし、それでは自分が彼女を騙していることになる。暫くは成り行きに任せるしかないだろう。通はめぐの部屋の隣に帰って行った。




――――最後タイトル変更しました。申し訳ございません(作者)――――

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