第9話 プリンスの魂はどこへ

 通はプリンスにとっては特別の人のようだ。餌をあげたからという単純な理由からだけではなく、言葉では言い表すことのできない直観のようなもので通じ合っているようだ。大げさかもしれないが、魂と魂が響き合うというような深遠な情動に動かされ、惹かあっているようなのだ。


「ねえ、プリンス。あいつ私のことどう思ってるんだろう」

「グー、グー」


 相変わらず足の長さをひけらかして、香水なんかつけちゃって、行ったことないけどホストクラブの男みたいよねえ。でも、いつも私にちょっかい出してくるんだ。綾にも愛想を振りまいてるし、あたしは別にあいつの事なんか好きでもなーんでもないんだけどさ。


『そんなに意識しちゃって、何でもないってことはないだろ。メグリンは気になってしようがないんじゃないのか』


「あたしはあいつの事なんか、これっぽっちも気にしてないんだけどさ」


『メグリンは嘘が下手だな。意識してますって顔に書いてあるぞ』


「えへへ、私にはプリンスがいるもんね。私のプリンス。いつまでも仲良くしよう」


「ミャア、ミャア」


「まあ、甘えちゃって。かーわいい。今日のお前は甘え上手ね」


 プリンスは私のトレーナーが気に入ったのか、下から潜り込み首のところから自分の首をちょこんと出した。


「同じ服を着ちゃったわね。面白い、えへへへへ……」


『メグリンは僕にデレデレだなあ。こんなことも大好きなんだ。肌と肌を触れ合わせちゃって、色っぽいなあ。それにしても大きいおっぱい。トレーナーの中でぶつかっちゃう』


「ウフフ、くすぐったあい。このまま寝ちゃう?」


『それは、ちょっとくるしいなあ。大きい胸に押しつぶされちゃう』


「でも、来た時に比べるとだいぶ成長したわね。大きくなったわ、プリンス」


「ウオー」


「止まり木にも登れるようになったしね。にゃんこの成長は早いわね」


「ウオー、ウオー」


 私は、プリンスとの至福の時を過ごし眠りについた。その日はプリンスもベッドの中にもぐりこみ二人はぴったりと張り付いて夜を過ごした。




「あーっ、良く寝たわ。もう朝だわ」


 私は支度をして、自動餌やり器をセットし餌をプリンスに与えた。プリンスはサクサクとエサを食べ、あらかた食べ終わると口の周りをぺろぺろとなめ自分専用の毛布の中に座った。時折私が着替えたり、支度をするのをじっと見ていたり、プイと窓の外を眺めたりしている。最近窓の外を眺めることが多くなった。二階の部屋の窓からは道を歩く人や車の往来、カラスなどの鳥が動く様子などが見える。外の世界に興味を持ちだしたようだ。


「プリンスはおうちの猫だから、ここにいてね。外は危険がいっぱいなのよ」


 玄関の戸を開け、そばまでついてきたプリンスの頭を撫で出かけようとした時だった。プリンスはめぐよりも早く扉の外に出て廊下を数歩歩いてから後ろを振り返った。


「あら、ダメよ! 外へ出ちゃ」


 そう言ったメグの顔をもう一度振り返りながら、廊下を駆け足で行ってしまった。


「プリンス! プリンス! どこへ行くの。戻ってきて」


『外は色んなものがいっぱいだ。ちょっと冒険に行こう』


 廊下の端まで行き、今度は端って外へ行ってしまった。ここへ来る前は、外で生活していたのかしら。もう戻って来ないつもりなの。プリンスの事が心配だったが、走る速さにはかなわなかった。狭い路地に入ったり、高いところへ登ったりして消えていった。きっと夕方には玄関の前で待っている、と信じてそのまま会社へ行った。



 会社から帰ると、プリンスは玄関の前で丸くなっていた。


「ああ、良かった。心配したのよ」


 プリンスは、お腹が空いたのか餌をパクパクと食べ、夜はめぐのベッドにもぐりこみ眠っていた。


 

――――――🐈――――――

 そんなことが数回続いたある日の事だった。プリンスは外を歩き慣れてきて、散歩しても必ず戻ってくるとめぐは信じていた。


 今日は会社を少しだけ早く出られそうで、通さんが家へ寄ってプリンスの様子を見てくれるということになった。そんな私を綾は羨ましそうに見ている。


「綾ちゃん、プリンスの様子を見に来てくれるだけだから安心して」

「別に、心配してるわけじゃないですけどお」


「それじゃあ、お先に!」


 私が皆に挨拶し、通も一緒に会社を出た。今日は八時に会社を出られた。こんな日はめったになかったので、心も浮き立っていた。足取りは軽く、夜の街を歩いていてもさほど疲れは感じられない。


 信号を渡ろうと横断歩道の手前まで来た時、青信号が点滅し始めた。ああ、もう次の青信号まで待とうとのんびり歩くことにした。通りの反対側を見ると、そこには見慣れた猫の姿があった。あら、プリンスがいる。ここまで来たの……。小さな顔をこちらへ向けている。あっ、気がついた。だけど駄目よ渡っちゃ。


「プリンス、そこで待ってなさい!」


 私の声が聞こえたのかどうかわからない。プリンスは、車はまだ止まっていると思い込みすたすたと渡り始めた。ああ、どうしたらいいの! 早く渡るか、後戻りするか。どちらがいいの……。


 信号は、黄色から赤に変わった。そのまままっすぐプリンスは歩いている。プリンスの小さな体が運転手から見えるのだろうか。ああ、車に止まってもらわなければ!


 私は、思わず赤信号の中へ飛び出していこうと走り始めた。その私の腕を、通さんが物凄い力で掴んだ。


「危ないっ! 行っちゃだめだ!」

「ああ、プリンス! 助けて!」


 信号が変わるのと、衝撃が走るのがほぼ同時だった。


 車道側が青信号に変わった瞬間に突っ込んできた車に、プリンスは衝突したのだ。


「ああ、プリンス! 無事でいて……」


「ギャー―ッ!」


 それが最後の鳴き声だった。


『なんだ、この衝撃は。体中が痛くてたまらない。もう少しでメグリンと、通さんのところへ行けると思ったのに。僕はどうなってしまうんだ。それにしても痛いよお。メグリンが叫んでいる。隣で通さんがめぐりんの腕をつかんでこちらを見ている!』


 プリンスの目は最後の瞬間、通の目に引き寄せられた。


『ああ、もっとメグリンと一緒に暮らしたかったあ!』


 プリンスの心の叫びまでが、通の中に消えていった。そして、目を閉じるとその魂はすうっと通の中へ入って行った。


 めぐは、その場にへたり込んだ。動かなくなったプリンスの姿を見て、力づくでも家の中へ連れ戻せばよかったという後悔の念で押しつぶされそうになった。


「一緒についているから、プリンスを連れて帰ろう」


 その後の事は、通があれこれ世話を焼いてくれた。彼のお陰でようやくめぐはプリンスの御骨と共に家にたどり着いた。


「あたしのせいで、ごめんね。プリンス。もっと一緒に暮らしたかったよお」


 めぐは、プリンスを抱きしめ泣きじゃくった。通がメグの頭を撫でていた。数日間、めぐは魂が抜けたようにぼーっとした状態で、会社へ行き、虚ろな心のまま帰宅した。




―――タイトル変更して申し訳ありません。なかなかピタッと決まらなくて―――

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