第8話 甘ーいケーキは恋の味

 薬局での販売と並行して、高山健康食品研究所ではネット通販にも力を入れている。最近はネットでの注文が多くなり、その対応に忙しい。社長が買い付けた養蜂場からはローヤルゼリーを取り寄せ錠剤を販売したり、青森県産のニンニクを錠剤にしたものを販売したりしている。地元の農家や、加工場などを回り商品のレパートリーを増やしている。在庫をここで管理しているのもあれば、直接生産地から発送してもらうものもあり、メールでのやり取りなどは社員の仕事だ。


「メグリン、青森に発注しといてね」

「了解しました」


 社長の威勢のいい声が室内に響く。綾もパチパチとパソコンを操作している。

ひと段落し休憩時間がやってきた。


 綾の様子が変だ。目が泳いでいて落ち着かない。おもむろに袋を取り出し、中から何かを取り出した。バニラのような、甘くていい匂いが漂ってくる。


「あのう、通さん。私昨日ケーキを焼いたんです。一緒に食べましょう」


 それは長方形の型に入れて焼いたパウンドケーキだった。上にはアーモンドやクルミなどのナッツが飾られている。綾がナイフでそれを切り分ける。切り口からはオレンジや赤い色をしたフルーツが見えた。


「わあ、美味しそうですねえ。綾さんがこれを。有難いなあ」


 通さんは感激の声を上げた。バンビさんも称賛した。


「凄いじゃない。上手ね、綾ちゃん。美味しそう」


 社長と、渉さんも食いついてきた。ここはみんなの分もありそうだ。私も褒めておこう。本当においしそうだし。


「おいしそうに焼けてるわね。プロみたいだわ」

「売ってるのと遜色ない。これなら売れるんじゃないのか」


 社長がおだてる。でも販売できるというのは誇張だ。綾は気前よく、全員に一切れずつ切り分けてくれた。ケーキは私には少々甘すぎたがフルーツやナッツがふんだんに使われていて、栄養補給にもなった。


 隣の席の通はパクリと一口食べ、オーバーに反応した。


「うまいっ! 綾さん美味しいですよお。うん」


 綾に最高の笑顔を向けながらむしゃむしゃと食べ、あっという間に一切れ平らげた。すると綾が、自分の分を差し出していった。


「わあ、美味しかったですかあ。もう一つどうぞ」


 差し出された一切れを通は半分に切り分けて食べた。


「綾さんの分が無くなっちゃうから」

「やさしい! 通さん、持ってきてよかったわあ」


 綾も幸せそうな顔で半きれを食べている。綾のケーキを食べるのは初めてだけど、これなら何度でも食べられそう。これからもご相伴にあずかれるかな。あたしも本心からいった。


「ホントに綾ちゃん、お菓子作り上手ねえ」


 食べるだけかと思ってたけど、作るのも上手だったなんて驚きだった。


「又作ったら持ってきます」

「じゃあまたお願いします」


 通は、照れ笑いしながらいった。まんざらでもない、という顔だ。今度は私の方を向いていった。


「ホント、美味しいですね。こんなおいしいケーキ自分で作れるなんて、最高ですねえ」

「そうねえ。綾ちゃんお料理上手でいいわねえ」


「メグリンも、作ったりしますか?」

「いいえ、私は。色々用があって忙しいもんですから」


「そうだろうなあ、あはははは……」


 この人が言うとなんでも嫌味に聞こえる。自分が僻みっぽくなってきただけなのだろうか。


 しばしの休憩時間が終わり、再び仕事に戻った私たちは、いつもと同じように暗くなるまで働き疲れ切って家路を急いだ。私は社長に挨拶した。


「お先に失礼しますーっ!」

「お疲れさまでしたーっ!」


 座席には通が残っていた。あれ、今日は私より後、珍しいわね。ドアをバタンと閉めて出て行き、階段を降りたところで後ろから忍び寄る足音があった。



 誰かが私を付けている。私は恐怖心から足を速めめた、その時だった。


「メグリン、今日は帰り、一緒の時間でしたね」

「あー、驚いたあ。通さんでしたか。今日は随分遅くまでいらっしゃったんですね」


「いろいろ仕事が立て込んじゃって。プリンスは元気にしていますか。気になります」

「お陰様で、だいぶ育ってきました。身のこなしも軽くなってきたようです」


「へー、成長した姿も見てみたいな」


 私はちょっと考えてからいった。


「ちょっと寄ってみて行きますか。プリンスも喜ぶでしょう」

「そうですか、では少しだけ」



 通はメグの家に寄ることになった。二人は速足で家へ向かった。鍵を開けるとプリンスは部屋の隅から二人の姿を見ていた。


 あら、今日はあんなところから見てる。


「プリンス、ただいま。今日はお客さんを連れて来たわよ。この前餌をくれた通さん」

「フギャーッ!」


 目を開けたプリンスは、こちらへ向かって歩き出した。通の姿を見ると、体を摺り寄せてきた。


「喜んでいるみたいです」

「おお、可愛いやつだ」


 通は体を触ったり、喉をくすぐったりしている。プリンスは目を細めてされるがままに身をゆだねた。通は気をよくして抱き上げると、そのままプリンスは丸くなって通にくっついた。気持ちよさそうな顔をしている。本当に猫の扱いになれているのだろう。

 プリンスの方が離れがたいようだったので私は通さんにいった。


「ちょっと上がって行きますか。お茶でもいかがですか」


 すると、時計を見て通は手を振った。


「いいえ、もう十時になっちゃいました。今日は遅いから帰ります。もっと早い時に寄りますよ」


 何と、そんなことを言って帰って行ったのだった。早い時間に寄るとは、また来るつもりなのだ。プリンスに会いにか、私が目当てなのか! しばし考えたが、あまりにお腹が空いていたので深く考えずに夕食を摂ることにした。

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