第7話 二人の関係を疑われる

 うーっ、頭が痛いいい……。しかし起きなければ。か、会社に行かなければあ……。呑み会の翌日に休むなど、社会人として失格だ。


 私は、ふらふらとベッドから起き上がり、部屋の中を見回した。プリンスは部屋の隅で毛布の間に挟まって眠っている。今日は私の上には載っていない。昨日の異様な態度と臭いに恐れをなして部屋の隅にうずくまっていたのだ。


 ああ、エサは……。あっ、そうだ! 思い出した! 通が呑み会で酔っ払った私をここまで送り、プリンスに餌をあげて帰ったのだ。昨日の服のままだ。着替えもしないでずっと寝ていたのだ! こんなことをしている場合じゃない。時間は、もう八時!


 私は急いで服を脱ぎ、シャワーを浴び着替えた。菓子パンを口に放り込み、バッグを持って家を出ようとして財布の中を見ると、鍵が消えている!


 どこへ行ったのだ! 誰、誰かが取ったの……。 そうだっ! 通が鍵を閉めて持って帰ったんだ……何ということを。人に知られないように返してもらわなければ。


 私は一目散に会社に走った。他の人に見られないように穏便に対処しなきゃ。

会社には社長だけが来て、席についていた。今日の社長は機嫌がいい。社員が増え張り合いが出来たせいだろうか。


「おはよう、メグリン。今日は随分早いねえ。始業三十分前に来るなんて感心だな」

「昨日焼き肉を食べたんで、元気もりもりなんですっ」

「はっはっはっ、そうかあ」

「久し振りにたっぷり肉を食べて気力が充実しています」

「それは結構」


 社長は苦笑いをしている。私は、手持無沙汰なのでお茶を入れてほっと一息ついていた。みな、ぎりぎりに来るんだわ。私もそうだったけど。他の社員たちは十分前ぐらいになって、次々に現れて席についていく。ところが、通が来たのはぎりぎり二分前。全員そろったところで、こちらから鍵の事を言い出す勇気はない。


 

 突然バタンとドアが開いて通が入って来た。走ってきたのか額の汗をぬぐっている。昨日は歓迎会だったのに、翌日は一番最後に御出勤ですか。


「おはようございますっ!」

「おはよう」


 社長が挨拶した。他の社員たちも声を掛けた。挨拶はいたって爽やかで、悪びれる様子はない。まっすぐ自分の席へ着き上着を脱いだ。鞄を開けて財布を取り出している。


 もしや、今返すんじゃ……。そんなの嫌、止めて!


「メグリン、ハイこれ、昨日預かった物です」


―――そんなあ! 男として最低だわ。非常識よ!


 一斉に皆の視線が私の方へ向かった。どうしよう、ここはとぼけてしまおうか。すると通は、よりによって私の方を向きウィンクしたのだ。深い意味などないのに、意味深なウィンクをするなどなんてことだ。


「そうでしたね。どうも」


 それ以上言葉が出ない。そっと受け取り私も財布を出して鍵をしまう。綾の視線がじっと鍵の方に注がれている。もうここからさっさと消えてしまいたい。綾はじ~っと私の顔を見ている。どういうことなのかと、怪しんでいる。


「よく眠れましたか。プリンス、なかなかかわいいですね。餌をあげたらすぐになついちゃって」

「餌をあげてくださったんですね。プリンスも喜んでいたようで。へへへ」

「メグリンはベッドにバタンキューでしたから、ハッハッハ」


 話しはそこまでにしてほしい。みな仕事をしているふりをして聞き耳を立てている。電話してるときだっていつもそうなんだ。


「そうですかあ。久しぶりに酔っちゃいました。さあ、さあ、仕事しましょう」


 ああ、これで私の家帰ってからの様子までばれちゃった。通はスマホの画面を私に見せた。


「あんまりかわいかったから写真に撮っちゃいました」

「プリンス……」


 私の意識が無い時に、プリンスの写真まで撮るなんて。まさか、私の写真は撮ってないでしょうね。


「写真はそれだけですよね」

「ああ、あなたの寝顔なんか撮るわけないじゃないですかあ。ご安心ください」


 おおおおお、のおおおおおっ! 聞かなきゃよかった。


 通はようやくパソコンを起動させ仕事をし始めた。


 十時半のお茶の時間の綾の目つきは恐ろしかった。


「ねえ、ねえ、メグリン様! あの方と昨夜進展があったのですか? 寝姿を見たとおっしゃっていましたが……」

「ああ、あれねえ。酔っぱらっちゃってそのまま寝ちゃったみたいで。私何にも覚えてないのよ。ほんとうよ。何かあるわけないでしょ。送ってもらっただけ」

「そうですよね。それを聞いて安心しました。通さまと一晩過ごしたんじゃないかって、ずっと仕事が手に着きませんでした」


 そうだったの。仕事してるように見えたけど。


「私と通さんは、な~んにもないの。にゃんこの育て方を教えてもらってるだけなの。信じて」

「ああ、良かった。私にもまだチャンスがあるのね」


 あるかどうかはわからないけど、まあそう言うことにしておきましょう。しかし、こんなことをみんなの前でばらすなんてデリカシーのない人だ。小声で通に囁いた。


「あのう、通さん。鍵の件はこっそり穏便にしておきたかったです」

「ああ、君の事は特に意識してなかったから、みんなの前で言っても平気かなあと思って。気に障ったらごめん。以後気を付けますよ」

「困りますよ。。さっきは心臓が止まりそうになりました」

「そんなに気にしないで……」

「……気にしますよ。女の子としては」

「女の子ねえ」

「そうでしょ」

「まあ、男の子じゃあないけど」


 またしても一言多い。どうせ私の事なんて意識してなかったって、別に言わなくていいですよ。

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