第4話 イケメン二人とメグリン売り込みに行く

 派遣社員の涼風通が来てから一週間ほどが経ったある日の事だ。社長が、私と通さんそれに突風渉を呼び出した。まあ呼び出すと言っても、狭い部屋なので社長の机の前に三人がぴったりくっついて並ばされた格好になったのだが。


「君たち三人で、新商品の売り込みに行ってこい。ドラッグストアでの試食販売だ」


 あー、またあれね。店の中で試供品を売り込むのだ。そんなことができるのはかなり大きなドラッグストアだが、一応店でも一押しの商品として扱ってもらっているのでさらに販売促進のために行うデモンストレーションだった。


「販売促進、略して販促ですね」

「そうだ。経験者のメグリンと渉の指示によく従って、通君もしっかり頑張ってくれ」


 通は、ポケットから手を出していった。


「はい。まあ初めてじゃありませんが、おふたりの指示に従います」


 まあ、生意気な。経験者に対してそんなことを言うの!


「して、今回売り込む商品は?」


「薬草茶だ。最近開発した、様々な薬草をブレンドした、痩身作用のあるお茶、すなわち痩身茶だ。これを飲めばダイエットなどせずともスリムな体つきになる」


「本当ですか。そんなお茶があるなんて、信じられませんねえ。だってこれさえ飲めば、世の中の太っている女性はみんなスリムになってしまう……」


 通は、社長の前でしゃあしゃあとそんなことを口にした。社員でさえ口に出すのもはばかれるそんなセリフ。


「だからあ、これを本当に飲めば痩せるように売り込むのですよ。渉さんならスリムだから、これを飲んで痩せたっていえばいいですけど……」


「じゃあ、僕もその手で行きましょうか」


「そうね。じゃあ、一回目はそのままの姿で飲んで、一週間後に再び痩せた姿を見せるなんて言うのはどうかしら。一回目に行った時の動画を撮っておきますから」


 すまして聞いていた社長が手を打った。


「そりゃいい考えだね、メグリン。それやってもらおう通君に。いいか、売って売って売りまくれーっ! 通君明日から昼食を抜いて一週間で体重と落としてもらおうかっ!」


「へっ、そりゃ大変だ。一キロぐらいなら軽く減るが、目に見えてわかるほど減るわけがない」


「そこを何とかするのだ。そのために君は派遣されてきたんだ、いいなー! いけ――えっ!」


「ふう。社長ったらあ」


 席に着いてから通が私にいった。


「あの社長はいつもあんな調子なのか? 意味もなく熱くなったり」


「ええ、そうよ。だから、あなたも頑張りましょ」


 通は両手を上に向けて、お手上げのポーズをとっている。もう、私たちを馬鹿にしているのかしら。余裕のある態度で、足を組んで椅子にふんぞり返っている。


「さて、いくわよっ!」


 

 私たち三人は、駅前のドラッグストア目指して歩いた。歩くこと数分、ビルの一階にあるその店が見えてきた。派手な看板が目を引き、天井からは所狭しとビラがぶら下がっている。道にまで商品を並べて、ここぞとばかりに店の広さと存在感をアピールしている。


「こんにちは、高山健康食品研究所の友村めぐです。今日は試食販売に来ました。よろしくお願いします!」


 私がまず代表して店員に挨拶する。


「あら、こんにちは、友村さん。またいらしたの。じゃあ、早速準備をしたら、あちらにテーブルがありますから営業を始めてください」


「ありがとうございあすっ!」


 渉が威勢のいい挨拶をする。彼のようなチャラいイケメンが来ると、女性の多い薬局では大変受けがいい。


「あら、渉君頑張ってね」などと猫なで声を出す女性もいる。


人それぞれ好き好きだからね。持参したポットから紙コップにお茶を注ぐ。


「さあ、皆さんいかがですか。痩身茶ですよ。一週間続けてみてください。効果がてきめんに現れます」


 お客さんの中の二割ぐらいが話を聞いてくれている。


「これなあに?」 「本当に痩せるの?」 「お茶の中身はなあに?」


 など、ぽっちゃり体型の人が足を止めて、質問をしてくる。こちらは丁寧に組成とお茶の効能を説明する。試飲用に淹れたお茶がカップの中で湯気を立てている。紅茶のような色をしたお茶は、ほうじ茶のような香りの中に数種類のハーブが混じった爽やかなにおいがする。


「あら、いい香り」


「当研究所で、研究に研究を重ねた新商品です。飲み続けると、ほら彼のようにスリムな体になります」


 私は渉を指さした。渉は、背筋を伸ばしてモデルのようなポーズをとる。


「わあ、かっこいいわねえ」


 ぽっちゃりしたマダムは、彼の顔に見とれて一袋購入した。まるでホストクラブのホストのような役割だ。


 それを見ていた通も負けじとお客さんに声を掛けた。


「そちらの嬢さん」


 すると、年のころ四十代ぐらいの女性がきょろきょろ辺りを見回している。


「お嬢さん。あなたですよ。ちょっとお飲みください」


「あら、私。一口頂こうかしら」


「いかがですか。飲みやすいでしょう。それに爽やかな香り。これなら毎日続けられますね」


 あらあら、最初にしてはうまいこと言ってるわ。おだてるのもうまいわ。


「う~ん。まあまあね」


「お嬢さんのような方がお飲みになれば、スリムになって、もっと美しくなりますよ」


 あら気のきいたセリフを言っている。そんなことを言われて嫌な気がする女性はいない。大きいお尻をゆらゆらさせて、通路狭しと歩いていたその女性は、有頂天になっている。やっぱり私って魅力的なのかしら、と思い込んだところだろう。あと一押しだ。


「試しに、一袋お飲みになっていてはいかがですか。これで一か月分です。僕も一週間後に成果をお見せしにまた来ますので」


「あら、そうなの。じゃあ一袋いただきます」


 おお、また一袋売れた。伊達にイケメンを連れて来たわけじゃなかった。効果はてきめんだ。そんな調子でこの日は、イケメン二人の働きで、かなりの売り上げがあり二時間程居座り、販売促進は終わった。


「メグリンは、お茶を淹れているのに忙しくて、僕たちばかりが販売していました」


 通がお茶の香りより更に香りの強い、オーデコロンの香りをぷんぷんさせて隣に来て言った。


「私は、今日はこの役柄でいいのよ。せっかく二人が来てるんだから、適材適所ってものがあるでしょう」


「世のおばさま方は、イケメンに弱いからなあ。僕たちが声を掛けると必ず立ち止まって飲んでくれる」


 ぬけぬけとよく言うわ! 自分で言うかああ!


「では、そろそろ帰りましょうか。あなたの働きはよく社長に報告しとくわ」


「そう来なくちゃね。メグリン」


 通は荷物を担いでさっさと帰り支度をして、店を出て行ってしまった。


「ちょっと、荷物持ってよおおお。重いんだからああああああ……! と、とおるうううう――っ!」


 あいつ、引き際までこんなみごとなんて。今に見てろお……! 

 そんなこんなで、三人の新商品売込みが終わった。

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