第76話「セシリー その2」

 一週間経っても戻ってこないサイカにやきもきしながら、セシリーは日々を過ごしていた。


「何かあったのかしら······」


 今までも当初の予定より遅い帰宅になることはあって、そこまで心配することではないかもしれないが、今回は何かイヤな予感がしていた。


 いつサイカが帰ってきてもいいように、家に籠る事が多くなり、いままでは日中に頑張って行っていた墓参りもしなくなった。


 サイカが護衛の仕事に出てから2週間が過ぎた頃、激しい雨が降りしきる中、帽子を目深に被った若い男がゴールドバーグ家の使いと名乗り、一振りの剣が届けられた。


「こ、この剣は……」


 それは確かにサイカのモノだったが、セシリーはサイカの死までは信じることが出来なかった。

 ほとんど衝動的にセシリーは走り出していた。


「ウソよ。ウソよ。ウソよ。あの人が死ぬはずがないわっ! きっと、剣を落として探しているだけなんだわっ!」


 いつの間にかセシリーの足は墓場へと向かっていた。


「お父さん、お母さん、どうか、どうか、あの人を助けてっ!!」


 縋り付くように墓石を抱え叫ぶ。

 その声は、激しい雨音にかき消され、レイスですら聞いた者はいなかった。



 翌日からセシリーは今までの生活に戻った。

 いつもの食堂に明るく向かい、接客をこなす。お客さんがはけると仕事を上がり、墓地へと向かう。

 自分の家の墓だけでなく、他人の墓ですら、ゴシゴシと力を入れて掃除した。


 そして、帰路に着くと、家の周囲にサイカの姿を探した。


「コホッ……、サイカは、まだ仕事中か」


 軽くせき込みながら、2人分の食事を作る。


「今日は来なかったか。いつものつもりで2人分作っちゃった。これは明日の朝ご飯ね。コホッ」


 翌日も翌々日も、そのまた翌日も至って普通に生活を送る。

 周囲にもサイカのことは噂で知れ渡った頃には、この明るさが逆に心配を呼んだ。


 女将さんからは少し休むように言われたが、それをセシリーは断り仕事に勤しんだ。


「あれ……?」


 働いていると急に視界がぼやけ、そのままセシリーは倒れた。


(ダメよセシリー。ちゃんといつも通りにしないと。いつも通りにしていればいつも通りにサイカが帰ってくるはずだもの……)


 そのままセシリーは意識を失う。


 次に目覚めたとき、セシリーは自宅のベッドだった。

 

「ここは……?」


 すぐ横には女将さんの姿と町医者の老人が立って話をしている。


「ああ、良かった目が覚めたのね。大丈夫よ。風邪と過労だそうだから、安静にしていれば治るわ」


 その言葉をぼんやりと聞いて、セシリーは思ったことを口にした。


「サイカは? 彼は私が病気になったとき、必ず駆けつけて来てくれたんですけど……」


 その言葉の答えに詰まる女将さんの姿を見て、ようやく全てをセシリーは受け入れた。


「そっか、そうですよね……」


 セシリーは静かに涙を流すと、女将さんと医師は気を使って退室した。



 風邪が治ってからもセシリーの生活は変わらなかった。


「サイカは死んだとは思うけれど、それでも万が一生きていたとき、おかえりって言ってあげるんです」


 雨の日だろうと雪の日だろうと、同じ生活を続けるセシリーは体を壊すことが多くなり、ベッドの上で過ごす時間が増えていった。

 そんなある日、商業都市トルネで、ネズミを媒介とした病が流行り、日ごろから体調を崩しがちだったセシリーもその病に罹患りかんした。


「ごほっ、ごほっ! 私が倒れたら、サイカの帰る場所がなくなっちゃう。絶対にサイカの帰る場所だけは守らないと……」


 セシリーの思いとは裏腹に病は確実に彼女を蝕み、ついには息を引き取った。



「本当にサイカなの?」


 骸骨兵士スケルトンサイカはそっぽを向く。

 その仕草はかつて愛した恋人の仕草そのものだった。


 約50年の月日を経て再会したセシリーはサイカへと抱きついた。


「おかえりなさい。ずっと、ずっと待ってたんだからっ!!」


 サイカは視線を泳がせるが、次第に覚悟を決めて、骨の両腕でそっとセシリーを抱きしめた。

 

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