第75話「セシリー その1」

 商業都市トルネには昔、気立ての良い娘がいた。

 名前はセシリーと言い、赤毛をお団子にまとめたヘアスタイル。地味な町娘風な服装だが、化粧をすれば間違いなく美人であろうという顔つき。そして巨乳という抜群のスタイル。

 高嶺の花すぎるということもなく、彼女には声をかけてくる男性が後を絶たなかった。

 しかし、すでにサイカという恋人がいた彼女は誰にもなびくことはなく、その告白を全て断っていた。


「女将さん、お先に失礼しますね。お疲れ様でした」


 仕事先の食堂で一礼してから、外へと出る。


「う~ん! 今日も一日頑張ったわ!」


 無意識ながら胸を強調するように伸びをすると、彼女は家とは反対方向へ向かった。

 セシリーが向かった先は墓地。

 春先の今は、門のアーチに花が咲き誇り、夜にも関わらず気味悪いイメージは一切無かった。


 慣れた感じで、門をくぐり、1つの墓の前へと進んで行く。


「お父さん、お母さん、今日も一日元気に過ごせました。ありがとうございます」


 胸に手を当てて祈りを捧げると、今度は持ってきた布で墓の汚れを落とす。


「うん、キレイになりましたね!」


 いつも拭いているだけあり、セシリーの両親の墓はピカピカに輝いていた。


「さてと――」


 セシリーはそのまま、全部の墓を周り、簡単にではあるが汚れを落としていく。

 そして、最後に無縁墓も掃除し、代表で無縁墓に祈りを捧げる。


――どうか、皆さんが安らかに眠れますように――


 祈りを終えると、セシリーは墓を後にした。


「いや~、セシリーちゃんが来てくれると華やぐわね~」

「ああ、俺らレイスのオアシスだ」

「私のお墓も掃除してくれた。いつも、ありがとう」


 セシリーが去ったあとはいつもレイスたちはセシリーの話題で盛り上がり、そして、何人かは満足して成仏していく。

 そんなことになっているとは露とも知らず、セシリーは毎日の日課としてお墓掃除を続けていた。



 セシリーが自宅へと戻ると、玄関に寄り掛かるように一人の男性が立っていた。


「サイカ。中に入っていていいのに」


 サイカはラフなチュニックにズボンというスタイルで腰に佩いた剣だけが妙に仰々しい。


「女の家に勝手に入れるか! それと、夜は出歩くなって何度言えば分かるんだ。襲われたらどうする」


 ムスッとした顔で注意すると、


「まぁまぁ、そんな顔しないで、私が夜に出歩けるのはサイカがいるおかげなんだから」


「テレパシーのスキルがあるからって、信用し過ぎだ。それに俺だって勝てない奴が現れるかもしれないだろ」


「サイカが勝てない相手って、それなら、この街自体が落とされるでしょ。さぁ、体が冷えちゃいけないから、中へ入って」


 幼気な笑みを浮かべながら、セシリーは恋人であるサイカを家へ招き入れる。


「ったく」


 サイカはいまいち納得いかなかったが、セシリーに促されるまま家へと入った。


 テーブルに着くと、すぐに温かなお茶が振る舞われる。


「夕飯はあるか?」


 ぶっきらぼうに聞くサイカに、セシリーはこれから作ると告げる。


「なら、スープだけでいい。今日はパンを買ってきたからな」


 テーブルにパンの入った袋をドサッと置くと、サイカはそっぽを向いた。


「ありがとう。なんで照れてるのよっ!」


 もう一つの包みも取り出すと、それもテーブルへ置く。


「あっ、これ、マリーさんとこのマドレーヌよね。ありがとうっ! 嬉しいっ!!」


 セシリーは目を輝かせ、その包みを受け取った。


「サイカの、いつも、菓子屋なんて男が入る場所じゃねぇ! とか言いながら買ってきてくれるとこ、私、好きよ」


「う、うるさいっ!」


 セシリーの言葉に、サイカはますます仏頂面になるが、それは照れ隠しであるというのはすっかりセシリーにはバレていた。


 セシリーは手早くスープだけ作ると、食卓に上げる。


 2人でパンとスープで夕飯を食べ始めると、おもむろにサイカは口を開いた。


「今度、護衛の仕事が入って王都に行くんだが、何か欲しいものあるか?」


「ん~~、特にないかな。あなたが無事に戻ってくればそれだけでいいわ」


「わかった。適当に何か選んで買ってくる」


 セシリーの特にないは、あなたが選んで買ってきてくれたモノならなんでも嬉しいという意味だとサイカは常々思っており、毎回何かを買って来ていた。

 しかし、本当のところは、セシリーは本当にサイカの無事以外は要らないのだったが、それでも気を使って買ってきてくれたものは、サイカが選んでくれたというのが純粋に嬉しく、オーバーアクションと言われるくらい喜んでいた。


「1週間くらいの予定だから、その間は夜、出歩くなよ。どうしても墓参りしたきゃ日中にしろ。いいな!」


「もう、心配性なんだからっ!」


「恋人の心配をして何が悪いっ!」


 怒ってなのか、照れてなのか、サイカは顔を赤らめて怒鳴った。


 翌日、サイカは護衛の仕事へと出ていくが、彼が戻ってくることはなかった。

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