第74話「シルバーリッターの最後」

「な、なんだぁ、ごではぁ……」


 ぽたっ、ぽたっ、ポタッ。ボタッ、ボトッ――。


 シルバーリッターの体は、腐り、溶け、ただれ、辛うじてヴァンパイアの再生能力で人型を保っていたが、


 ズリッ、ズリィ、ズリィ……。


 ナメクジのような遅い歩み、歩いているのか地面を這っているのかさえ分からない出で立ち、それでも執念でイチコへと迫る。


「見ていられないですね。サイカ。あとは任せますよ」


 先ほどとは逆にロメロがシルバーリッターを見下し、手にした剣をサイカへと投げ返す。


 骸骨兵士のサイカは、静かに頷き、剣を振るった。

 剣閃が一瞬煌めいたかと思うと、シルバーリッターの首は地面へと落ちた。


「お、おおぉ、おおおおぉぉぉ」


 もはや断末魔にもならない声を上げながら、人型も保てなくなり、石畳にシミだけを残して息絶えた。


「終わりましたね……」


 ロメロはシルバーリッターがしていた指輪が砕けるのを見届けると、そう呟いた。

 しかし、その呟きはどこか切ない響きがあった。


 イチコとサイカは、自然と二人とも空を見上げた。


「セシリー、安らかに」


 イチコは手を合わせて、セシリーの安らかな眠りを祈った。


「あの~、イチコさん?」


「ちょっと、静かにしててくれない? セシリー、助けてあげられなくてごめんね」


「いやいや、大丈夫ですよ。ちゃんと助けてくれましたから」


「そんな慰めはいらないわ。確かにアタシが殺したのだから。それを救いだなんて言う気はないわ」


「いや、だから、成仏してないですから」


「ええ、そうよね。成仏じゃなく、魂が砕けてしまったんだもの……」


 イチコはツッーと涙を流す。


「人の話を聞けぇっーーっ!!」


 セシリーの絶叫が木霊した。



「えっ、えっ、えっ、ウソ。なんで、なんで生きてるの?」


 イチコは震える手でゆっくりと指さす。

 そこには確かに、巨乳の町娘風の美人、セシリーが佇んでいた。


「正確にはすでに死んでレイスになってますけど、レイスとしての生なら、ほら、こうして無事です!」


 セシリーはくるりと一回転する。

 どこにも傷もなく、健康面でも精神面でも健康そうである。


「いったい、どうして……」


「たぶん、イチコさんのスキルが壊したのが、指輪だったからだと思います。指輪の効果から何から全て壊れたので私も無事だったんだと思います。その証拠に指輪が壊れて少ししたら、『指輪より解かれました』って神様の声が聞こえましたし」


「えっ? ウソ、アタシ聞いてないっ。あっ、いや、ちょっと待って、メモ見てみるって、ウワッ! キモッ!! 呪いのメッセージばっかじゃん!! えっ~と、あっ! あった、あった。確かにちゃんとあるわね」


 イチコはうんうんと納得すると、


「さすが、アタシのスキルね。良い仕事するじゃない!」


 納得し終わり、自画自賛も終わると、イチコは満面の笑みを浮かべた。


「セシリー。お帰り!」


「はい。イチコさん。ただいま」


 2人は抱き合って涙を流し、子供のようにわんわんと声を上げた。


 しばらくして、落ち着くと、セシリーはイチコを離し、頭を下げた。


「イチコさん。私を殺すようにお願いしてごめんなさい。あんな辛いことを頼んでしまって」


「ああ、そうね。そうだったわね。このバカッ!!」


 イチコは平手でセシリーの頬を叩こうとしたが、レイスに物理攻撃は効かず、すり抜ける。


「くっ、忘れてたわ。まぁ、いいわ。それより、よくもアタシのこと、貧乳とかぺったんことかまな板とか寸胴とか断崖絶壁とか言ってくれたわねっ! 超ムカついたんだから、ちゃんと謝りなさいよっ!! まぁ、それ以外はシルバーリッターとかいう奴が悪いんだから、セシリーが謝ることじゃないわね」


 腕を組んで、顔を逸らし、大げさに怒っているような仕草をしてみせる。


「イチコさん……、ありがとうございます」


 シルバーリッターの所為で行ったことは、全部気にするなというイチコの気遣いに、セシリーはお礼で返した。


「いや、謝りなさいよっ!」


 ふっと笑顔を見せるイチコに、セシリーも笑みを浮かべながら、「ごめんなさい」と返した。


 セシリーは今度はロメロの方を向くと、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ロメロ様もご尽力いただき、ありがとうございました。そんな傷だらけになってまで……」


「ああ、これは気にしないでください。何より、彼のお願いですからね」


 ロメロは肩を竦めると、その場から離れイチコの隣に寄り添う。

 セシリーの前には骸骨兵士一人になる。


 骸骨兵士はおろおろと周囲を見たり、ロメロに助けを求めるような視線を送ったりしたが、ロメロはその全てを無視した。


「本当にサイカなの?」


 セシリーの問いに、観念したように骸骨兵士サイカはコクリと頷いた。

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