第71話「セシリーとイチコの決断」

――イチコさん。


 頭に響くその声にイチコは周囲をキョロキョロと見回す。


――イチコさん。聞こえますか?


 聞き覚えのある、その声に、イチコはセシリーのスキル:テレパシーであることを理解する。


――ごめんなさい。私の所為で……。ただ殺すだけならみんななら出来るのに。


 セシリーの悲しそうな声にイチコは首を横に振った。


「殺すのは悪人とムカつく相手だけよ。セシリーは、そのどちらでもないもの」


――でも、このままじゃ。お願いしますイチコさん。イチコさんのスキルなら、この男を殺せるはずです。私のことは気にしないでやってくださいっ!


「そんなこと……、できないわ。それで済むなら最初からやっているわよっ!」


――お願いします。私の所為で、みんなが傷つくのを見るのはもう耐えられないんです。


「…………」


 イチコは困ったような悲しんだような複雑な表情を浮かべる。


――何してるんですか、この貧乳っ!! ぺたんこ! 洗濯板っ! 寸胴っ! イチコさんみたいなブサイクなんて見たことないですっ! あなたになんか助けてほしくないんだからっ! だから、さっさと殺して……、さっさと殺してよぉ!!


 最後には鼻をすすり、震える声。どう聞いても泣きながらの言葉だった。

 どうしようもないと分かっての言葉。イチコは、かつて井戸の中で上げた自分の声とセシリーの声が重なる。


「……わかったわ。でも、アタシが殺すのはセシリー、貴女よっ! こんな、こんなヤツの巻き添えでなんて殺してあげないっ!! 貴女を殺すのはアタシなんだから、この悪霊令嬢のイチコが貴女を呪い殺すわっ!!」


 いつの間にか、涙が頬を伝う。

 今までなら乾燥した肌にすぐ吸い込まれていったのに、今は無様にも地面へとポタポタと落ちていく。


――イチコさん……。


「泣いてなんかないんだからねっ! これは怨みすぎて、目から血が流れてるだけよ」


 一度目元を拭ってからイチコは手をかざした。


「スキル:破滅の呪い 発動」


 イチコの頭に神様の声が響く。


『対象を選択してください』


 目を閉じると、今までのセシリーとの思い出が蘇る。

 一緒にクッキーを食べたり、マドレーヌでお茶したり、誰にもしたことのない殺しの相談にも乗ってくれたし、この世界で困ったことがあったらセシリーがいつも教えてくれた。

 イチコの人生において、本当に短い間だけの関係だったが、同性では一番親しい間柄と言ってもいい相手だった。

 前世でも出会えなかったのだ、今世でもセシリー以上の相手は出会えないだろうし、代わりなんて誰にもなれないとイチコは思った。


「本当は……、一緒にパン食べるはずだったのに……」


 イチコはゆっくりと目を開けると、セシリーが囚われる指輪を対象にイチコは選んだ。


『対象:セシリーの指輪』

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