第72話「悲しみに身を委ねる時間」

 光すら吸収しそうなドス黒いモヤが現れると、シルバーリッターの手元へと集まる。


「ぬっ! なんだこれはっ!?」


 払いのけようと手を振り抵抗を試みる。


 骸骨兵士はその間にロメロを引き釣り、安全な場所へと避ける。


「このスキルは……、イチコさんが?」


 ロメロは骸骨兵士のサイカと共に事の顛末を見守る。


 ベッタリとついたモヤは、どれだけ抵抗しようとも離れることはなかった。

 何もかもを食いちぎるように、そのモヤはセシリーの指輪を粉々に粉砕すると、徐々に消えて行った。

 指輪の欠片は爽やかな風に舞って、微かな煌めきを残して完全にイチコたちの視界からなくなった。


「ワタシのレイス・ロードがっ!! だが、だが、だが、だがっ!!」


 自慢の指輪を壊されたはずのシルバーリッターの表情は歓喜に歪んでいた。


「まさか、今のスキルを持つ者がいるとはっ! これは嬉しい誤算よっ! レイス・ロードもヴァンパイアもどうでも良いっ! そこのレイス。貴様の魂いただくぞっ!!」


 シルバーリッターは指輪が制御不能になるまでの時間に、イチコを手に入れようと走り出す。

 しかし、その歩みは細長い骨の腕によって阻まれる。


「お前をそこから先には僕が行かせない」


 ロメロの背中から出て来た骸骨装備エンドスケルトンの腕からは怒りのオーラが滲み出ている。


「そんなボロボロの体で何が出来るというのだ? 貴方には先ほど助けられましたからね。殺すのは最期にしてあげますから、この手をさっさと退けるといいっ!」


「この程度の傷。サイカやイチコさんに比べれば大したことないですよ。だから、ここは僕が、2人が悲しみに身を委ねる時間くらい作ってやるんですよ」


 ロメロは死霊術で骸骨巨人の骨を集めると、シルバーリッターの前に柵を作り出す。。


「こんなもので、ワタシを止められる訳ないだろっ!」


 いともたやすく壊されるが、その先には、サイカの剣を持つロメロが待ち構える。


「おおおっ!!」


 それなりに剣術の心得はあるものの、サイカには及ばない腕前、しかし、その鬼気迫った一撃に、シルバーリッターを思わず防御する。


「くっ! 時は金なりっ! こちとら時間がないのですよ」


 力任せに弾き、ロメロを殴り倒す。


「これで――」


 そう思った瞬間、足に手が纏わりつく。


「魔王四天王ともあろう者が、地べたに這いつくばり、ガキでも出来そうな方法でワタシの覇道を妨げるなっ!!」


 ゲシゲシと何度も何度も蹴りつけるが、ロメロの手が離れることはなかった。


「テメーっ! ぶっ殺すっ!!」


 怒りに任せ、切れたシルバーリッターは荒々しい言葉使いになる。


「僕を殺す、ですか。それはこの状況を打破する正解ですね。でも、僕は、しぶといダイハードですよ」


 ロメロの目には一点の曇りなく、時間を稼ぐという目的だけは確実に遂行するという覚悟があった。


「うぐっ!」


 その瞳の強さに一瞬、シルバーリッターはたじろいだ、その時。


「ロメロ様。もう大丈夫です」


 ぽそりとイチコから声が漏れる。


「よくも、セシリーを……」


「あのレイスを殺したのは貴様だろうっ! 何もしなければ貴様もあのレイス・ロードと同じように指輪として仲良く隣に並べたのだぞ! 殺したのは貴様だ。ワタシではない」


「ええ、そうね。アタシよ。アタシがセシリーを殺したわ。よくも、よくも、アタシにセシリーを殺させたなっ! この怨みはらさでおくべきかっ!!」


『スキル:呪い付与が発動しました』

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