第59話「イチコの変化」

「ここは……?」


 イチコは暗闇の中にいた。

 そこはまるで生前に閉じ込められた井戸のようで、体の震えが止まらなかった。


「誰かっ! 誰か、助けてっ!!」


 手探りで周囲を探ると、すぐに一面壁であることが分かる。


「いやっ! 井戸? 井戸なの? もう、もう誰にも助けてもらえないのはイヤなのっ!!」


 レイスであることを自覚し、飛び上がろうとしても叶わず、ただひたすら冷たい深淵の底に押し込められていた。


「もしかして、今までのは全て夢なの? 180人呪い殺したのも、そのあと僧侶に祓われたのも、セシリーもリコリスも、ロメロ様も?」


 まだ死んでさえおらず、井戸の中でこれからも地獄の苦しみを味あわなければならないのか?

 そんな考えが浮かび、イチコの恐怖を駆り立てる。


「お願いっ! 誰か助けてっ! 誰かっ!! お願いよ……」


 どれだけ叫んでも誰も助けには来ない、それは分かっていたことだが、異世界で光を知ってしまったイチコには耐えがたい苦痛となっていた。

 苦痛は精神だけでなく、体にも及び、全身の痛みに耐えながらも、助けを求めた。


「誰か、助けてよ……」


 そのとき、力強い「はいっ!!」という声と共にイチコの世界に光が差した。


 空から降り注ぐ眩い光、その中心にはロメロの姿があった。


「ロメロ様?」



「はっ!!」


 イチコは悪夢なのか吉夢なのか分からない夢から覚めると、周囲を見回した。


「知らない部屋? いえ――」


 そこはよくよく見ると、ゴールドバーグ家の屋敷の一室のようであり、レイスにも関わらずベッドの上に横たわっていた。

 そんな部屋の隅、なるべくイチコから距離を取るよう配慮したのか、本当に隅に椅子が一脚置かれ、その上でロメロはスヤスヤと寝息を立てていた。


「そっか、あのとき、ロメロ様がアタシを助けてくれて……」


 自然と涙が溢れ出すイチコは、「あれ? あれ、変ね?」と言いながら涙を裾で拭う。


「アタシ、全米が泣いた映画でも泣いたことないのに……」


 それでもロメロの顔を見ていると自然と涙が零れてくる。


「う、う、う、うわぁぁぁぁん!!」


 とうとう子供のように号泣する。


「ロメロ様、助けてくれてありがとうっ!! アタシを救ってくれて、アタシをあの井戸からたすけてくれてありがとうッ!!」


 顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくったイチコは、なんとか平静を取り戻そうとするも、今度はロメロの顔を見ているだけで、恥ずかしさがこみ上げ、胸がドキドキし、直視することが出来なくなっていた。


(なんなの、なんなの! もう心臓ないのに! ヤバイ。今までも素敵だったけど、そのなんていうか……、ううっ、もうっ!)


 自分でも言語化出来ない感情に戸惑いながら、それを見られないようにイチコはポルターガイストで毛布を頭から被った。


 イチコ自身もまだ気づいていなかったが、イチコの姿は、井戸に落とされ、閉じ込められ、ボロボロとなったときの姿ではなく、生前のキレイな肌に艶のある黒髪、しなやかな肢体に戻っていた。

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