第60話「ロメロの変化」

 ロメロは戦いの疲れからか、椅子に座ったまま、ウトウトとしてしまっていた。

 男女で夜を超えるのは、レイスと死霊術師といえどもどうかとも思ったが、それでもロメロは名乗りをあげ、最大限に椅子を離して座ることで自分なりに譲歩していた。

 

(いけない。イチコさんの看病があるのに、寝ちゃダメですよね)


 そうは思ってもいつの間にか抗えない睡魔に負け、眠りへと誘われた。

 日が完全に登り切った頃、物音がして目を覚ます。


(う、うう~ん、いけない、寝てしまったようですね)


 ロメロはうっすらと目を開けると、そこには泣きじゃくるイチコの姿。


(え、え~っと、これはどういう状況なんでしょうか?)


 思わず再び目を閉じ、狸寝入りを決め込みながら、様子を探る。すると――


「ロメロ様、助けてくれてありがとうっ!! アタシを救ってくれて、アタシをあの井戸からたすけてくれてありがとうッ!!」


(……くっ、僕の所為で危険に巻き込んだのに。僕が助けるのは当然なんだ。それなのに、なんでイチコさんは僕に感謝を)


 ロメロは意を決して目を開けると、すでにイチコは毛布を被って姿を消していた。


(なぜ、なぜ彼女は僕をそこまで慕ってくれるのだろうか?)


 死霊術という忌み嫌われる魔法を使い、エルフの中では不気味な部類の顔。劣等感から卑屈になっていた訳でもないが、これまで女性から慕われることはない人生を送っていた。


 ロメロはボロボロになりながらも敵と戦い、さらにその状況から自分を救おうと立ち向かった女性の姿を思い出す。


(恋愛感情かどうかはともかく、好かれるというのは、嬉しいものなんですね)


 それなのに、そんな女性を自分の失策で傷つけてしまったことを激しく後悔していた。この場でイチコの看病に名乗り出たのも、そんな贖罪の気持ちからだった。


(けれど……)


 イチコは変わらずロメロのことを慕い、それどころか涙を流し感謝する。


(まったく、女性の気持ちは分からないと巷では聞きましたが、その通りですね)


 ロメロは椅子から立ち上がると、イチコの元へと歩みを進める。


「イチコさん。目が覚めましたか?」


「…………」


 返事は返ってこない。

 再び寝てしまったのかもしれないが、それでもロメロは言葉を続けた。


「イチコさん。ありがとうございます。貴女は僕の恩人です。そんな貴女を傷つける結果になったことを僕は許せなかった。でも、もしイチコさんが許してくれるのならば、また逢いに行ってもいいですか?」


「…………」


 やはり返事はなかったが、毛布がこくりと揺れた。

 ロメロは笑みを浮かべると、


「お疲れのようですから、もう少し休んでいてください。夜になったら、また声を掛けますね」


 ロメロは満ち足りた表情で、椅子へと戻り、今度は睡魔に襲われることなく、盛り上がった毛布を飽きなく見守り続けた。

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