第56話「救済」
イチコが追いついたのは、アラギがゆっくりと指輪が嵌められるのと同時だった。
「もう逃げなくていい訳? 諦めて死ぬ気になった?」
「いいや、逃げる必要がなくなっただけだ」
「ふんっ、乙女の柔肌が傷つくのを覚悟すれば、またさっきみたいに呪ってやるわっ!」
「掴まれなければいいのだろう?」
その声は背後から聞こえ、気づくと先ほどまで目の前にいた黒スーツの男の姿は見えなくなっていた。
「えっ!?」
呆けた声をあげると同時に、背中に衝撃が襲う。
「痛ったいわね!! 何をしたか分からないけど、次は捕まえてやるわっ!」
イチコは振り向きざまにアラギに向かって手を伸ばすが次の瞬間には、その場から消えていた。
ただ、移動して消えたというのではなく、その刹那の時の中で、イチコの顔に殴られたようなダメージが襲う。
「な、なんで? 今のは超スピードとかそういうのじゃないわよね……」
「何が起きたのか、理解する必要はない。死んだことすら分からないまま死んでいくのだから」
アラギの姿は先ほどまでのゴーレムや獣の姿ではなく、ほとんどが人間の姿のままなのだが、髪は白髪となり、瞳は血のように赤く染まっていた。
「死んだことすら分からないってどういう事よっ!?」
イチコが疑問を感じている間にも、体に殴られた痛みが走る。
「う~っ!! そんなにバカスカと女の子を殴るなんて、ありえないわっ! 出し惜しみはなしよ! スキル:破滅の呪い」
どんなものでも破壊するスキルを使用しようとしたイチコだったが、脳内に神様の声が響く。
『対象を視認し、選択してください』
「……視認って」
イチコはアラギの姿を捉えようとするが、見えたと思うと、すぐにその姿は消え、次の瞬間には痛みが体を襲う。
そんな状況の中、まともに視認することも出来ず、ただただサンドバックのように殴られるだけだった。
(あっ~、流石にこれはマズイわね。体中痛いし、なんか、力が抜けて来た気もするわ)
徐々にイチコの体の透明度が上がっていき、今にも消えそうになっていく。
(本当に、また死ぬのね……。思えば、誰にも助けてもらえない一生だったわね。生前も死後も追放後も……。まぁ、悪霊令嬢のアタシにはお似合いの最後かもしれないわね)
想いとは裏腹に、自然と瞳に涙が浮かぶ。
「やだぁ、誰か、助けてよ」
暗い井戸の中にいた時のような、痛みと無力感に苛まれ、思わず声が漏れる。
それは、そよ風にすらかき消されてしまいそうな、か細い声で、でも今のイチコには精いっぱいの声を上げた。
誰も助けになど来てくれないと分かっていても、声を上げずにはいられなかった。
「たすけて……」
「はいっ!!」
イチコの周りに骨の格子が現れ、アラギの攻撃を防いだ。
「ろ、ロメロ、さ、ま……、あり、がとう」
薄れゆく意識の中、イチコが最後に見たのは、ロメロの申し訳なさそうな、それでいて、深い憎悪を秘めた顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます