第55話「追撃と反撃」

 イチコはバスターソードを力任せに振るう。

 黒炎を纏ったそれは多少狙いを外しても相手を死に至らしめるには十分な威力を誇る。


 しかし、アラギは余裕を持ってその攻撃を避け、それどころか瞬時にイチコの背後へと回り込む。


 風を切る音を立ててイチコに拳を打ち込むが、レイスの体に物理攻撃は効かず、すり抜けた。


「ああ、忘れていた。この腕じゃ、殴れないんだった」


 その言葉の直後、アラギの腕は元の腕に戻ると、そのまま再び、イチコを殴りつけた。


「ぶっ!! ちょっ、痛いんだけどっ!!」


「腕だけゴーストに擬態させたので、触れられるのは当然。さらに上位種族ならばダメージの通りも、この通り良い」


「そういうことを言ってるんじゃないわっ!! 女の子の顔を殴るって、どういうことって言ってんのよ!! 男としてのプライドはない訳っ!?」


「殺すのに、どこを殴るもないだろう? それにレイスを女性扱いするのか?」


「それは、ただし美人は除くって奴よね? 美人のレイスなら絵画の女性とかと同じ扱いとかになったりするんでしょどうせ!!」


「そんなことは一言も言っていないが」


 アラギは顔色一つ変えずにイチコの言動に指摘を加えつつさらに打撃を見舞う。


 ドンッと再び顔を殴られたイチコは、ほの暗い憎悪の炎を瞳に宿し、アラギの腕を掴む。


「二度も顔を殴ったわね。乙女の顔を二度も……、万死に値するわ」


 イチコが掴んだところから、呪いの黒いモヤがアラギの腕を浸食し始める。


「なんだ、この力は。離せっ!」


 反対の腕でイチコを殴りつけるが、ガシっと手が割込み遮る。


「ロメロ、様?」


 アラギの手を遮ったのは、今にも倒れそうなロメロから伸びた骨の腕であった。


「くっ、女性に手をあげるものじゃないですよ」


 アラギは顔を歪ませると、今度は腕を鎌のように変え、イチコが持つ自分の腕を斬り落とした。


「ふぅ~、ふぅ~、女性は怖いという良い教訓になったな」


 腕から流れ出る血は一瞬で止まり、粘性を得るとスライムのようになり、再び腕を形成する。


「お前は近づかずに始末させてもらおう」


 チラリと屋敷の方を見てから、脚に力を入れて屋敷へと向かって跳び上がる。


「ま、まずい、イチコさん、今奴に逃げられたら」


 ロメロが苦しそうに叫ぶと、「ガウっ!!」と獣の鳴き声が響くと、アラギの背後に衝撃が走る。


「なにっ!? フェリダーがなぜここに? いや、フェリダーのレイスかっ!?」


 屋敷の中へ逃げることも敵わず、地面へと押しつぶされる。

 追撃を逃れる為、蛇のように体を擬態させて難を逃れる。鉄格子をもすり抜け、少しは時間が稼げるかとも思ったが、レイスであるイチコには関係なく、すぐに追いつかれる。


 無様に転げながら、蛇から獣へと擬態を変え、大きく跳んで逃げると中央の庭へと出る。

 そこにはカルロやアンナといった面々が避難していた所なのだが、アラギは一瞥すると、すぐに視線は別の場所に注がれた。


「今まで、死にはどんなものにも敬意を払い、涙してきたが、仲間の死は2度泣けるのだな」


 涙を浮かべるアラギの視線の先には布に包まれた2つの人型があった。

 庭にある他の死体は丁寧に毛布に包まれていたが、一番屋敷の近くにあったその2体だけは、ただの布であったことから、仲間の死体だと判断した。


「気が変わった。追い詰められ逃げのびるしかないと思っていたが、その考えは辞めだ。ここで刺し違えても全員を殺す」


 追いかけてくるイチコに向き直ると、死をも覚悟し構えを取った、その時、


「リーダーっ……。こいつを、使え」


 2階から虫の息といった様相のコート姿の仲間がセバスの隙をついて指輪を落とす。

 コートの男はすぐにセバスに拘束されるが、時間兎クロックラビットの指輪の魔道具はアラギの手に渡った。


「これは、確か……」


 まだ生きている仲間がいたことと、敵を倒すことが出来る力を手に入れ、アラギの顔には笑みが浮かんだ。



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