第54話「バトンタッチ」

「ガルルルッ!!」


 大猫フェリダーのリコリスが唸り声を上げたのを聞くと、イチコは嫌な予感がして、窓から離れ、邸宅の裏手へと回る。

 豪邸の裏庭なだけあり、キレイに整地されているが、その一角が鋼鉄の格子に囲まれており、それを見たイチコは、「ドッグランかしら?」と漏らした。


 実際は警備犬ハウンドドッグの為の檻なのだが、掃除も行き届き、アスレチックのような訓練設備まであった為、現代から来たイチコにはドッグランにしか見えなくても仕方がなかった。


 そんな中に今、3人が落ちているのだが、どうにも様子がおかしい。

 先ほどまでは確かに有利に勝負を進めていたロメロと骸骨兵士がひざまずき、反対に黒スーツの男が血だらけながらも立っている。


 何かあったのだと察知し、リコリスの反応も鑑みるに、あの魔獣を眠らせる魔道具が使われたのではないかと当たりをつけると、周囲を見渡す。

 すると、ハウンドドッグもすやすやと眠りについており、疑惑は確信へと変わった。


「つまり、この状況は、ロメロ様にも効いているってことよね……」


 この瞬間、イチコの脳裏に様々な考えが浮かぶ。


(もしかして、今、ここでロメロ様を助けたら好感度うなぎ上りにならないかしら? う~ん、でも女の子に守られるの、嫌がるかな? でもでも、あの魔道具が効いてるなら……、そうよね。あの魔道具が効くなら奪っておけば、のちのちロメロ様と既成事実を作る際に有用よね。それだけでも戦う価値はあるわね。いやいや、でもそんなことしなくても上手くいくのが理想なんだけど……、でも、弱ったロメロ様を見るのは、それは、それで――)


 様々なよこしまな考えを考慮した結果、イチコはロメロと黒スーツの男アラギの間に割って入った。


「ちょっとあんた、ロメロ様は、そう簡単に殺らせないんだからね!」


「お次はレイスか。レイスの女よ。先に1つ言っておくが、私は霊と呼ばれるモンスターが嫌いだ。アンデッドはまだ術者の操り人形、ゴーレムやからくりと同じ扱いと思えるのだが、どうしても霊はダメだ。殺した実感も湧かなければ、命を奪った後悔もない。全くの無味無臭の殺しなんだ。だから嫌いだ。今なら私の邪魔をしなければ見逃してやる。さっさと退いてはくれないか?」


 アラギの申し出に、イチコは首を横に振り、即答した。


「お気遣いどうも。でも、アタシの為にも、アタシとロメロ様の為にもここを退く訳にはいかないわね。あとアタシの将来の為にもっ!!」


「ほぼ全て自分の為ではないのか? まぁ、そういう俗物的な者の方が好感は持てるがな」


「ごめんなさい。折角の告白なんだけど、アタシには心に決めた人がいるので、ちょっと無理ね。顔も好みじゃないし。でも代わりにキッチリ地獄に落としてあげるわ!」


 イチコは卒塔婆スターソードを構え、言い放った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る