第51話「命と情報の価値」

 窓から外へ飛び出したカルロを見て、イチコはとっさにポルターガイストで支える。


「ちょっ!? あんた、何してんのよ! アタシが受け止めなきゃ死んでたわよ」


「イチコのお姉さんなら受け止めてくれるって信じてたから、それに最悪、俺がクッションになれば、アンナだけは助かってただろ」


 イチコは目をパチパチと瞬かせてから、ふっと微笑む。

 誰もがカルロを褒めるのだと思っていると、


「ふざけんな! あんたから見たら、自分の命の優先度はこの小娘より低いのかもしれないけどね。他の人から見たら、違うのよ! それをちゃんと頭に置いときなさい!」


「イ、イチコのお姉さん」


 カルロは軽く感動し、不覚にも涙を浮かべてる。

 が、しかし、イチコの思惑は全然別のところにあった。


(全く、さっきロメロ様がこの小娘の母親を助けたみたいで、夫婦で涙の再会を果たしていたけど……。あの母親、巨乳だったわ。その遺伝子を継ぐ、この小娘も将来……。まぁ、カルロがこの娘とくっつくならどうでもいい話なんだけど、これでカルロだけ死んだりしたら、未来の胸囲、いえ、脅威だけが残るじゃないっ!!)


 プンプンと怒りつつも、2人を丁寧に地面へと降ろすと、イチコはすぐに2階へと飛び上がった。


「いま、ロメロ様の影が見えた気がっ!!」



 ロメロは荒れ果てた子供部屋を見ると、カルロを探したがどこにも見当たらず、そこには黒スーツの男が窓から外を見ていた。


「あなた、ここにいた少年はどちらに行きましたか?」


 その質問に男は親指と人差し指を輪っかにし、お金を要求するジェスチャーを見せる。


「金を払えってことですか?」


「ああ、銅貨1枚で教えてやる」


 ロメロは銅貨を指で弾いて、男に投げつける。

 それなりの速度であったはずだが、黒スーツは容易に受け取り、「毎度」と呟く。


「あの少年ならば、窓の外へ飛び出した。ついでに少女も共にだ」


 その言葉の真偽を確認するように窓際から下を見渡す。


「あっ! ロメロ様~~!!」


 手を振るイチコと、その下で保護されている2人を見つけ、ふっと表情を緩める。


「安堵した瞬間、人は一番脆くなる」


 いつの間にか黒スーツは接近しており、ロメロを蹴り飛ばす。

 ロメロは壁へと打ち付けられると、壁が崩れロメロへと降り注ぐ。周囲には土埃が立ち、すっかり姿が見えなくなっていたが、黒スーツはロメロの方から決して目を離そうとしなかった。


「ふぅ、なかなかやりますね。見たところ、あなたがリーダーのようですね」


 土埃が晴れてくると、何事もなかったかのように壁の破片を退けて立ち上がる。


「あなたの仲間たちは全員始末しました。あなたも同じようになりたくなければ、この襲撃を指示した人物を吐いて、ゴールドバーグ家から手を引いてください」


 ロメロの言葉で、仲間が死んだことを知ると、黒スーツは号泣しだした。


「う、うおおおおおおおおっつ!! 嘘だろ。あいつらが、あいつらが死ぬなんて。なんてヒドイことをっ!!」


 一頻ひとしきり泣くと、今度はすっきりとした表情になったと思うと、


「ふぅ、5人分は泣いたな。さて、襲撃を指示した人物だったな。それなら金貨3枚だ。それ以上はまけられない」


 ロメロですら、この切り替えの激しさには、引くものがあったが、それでも努めて冷静に振る舞う。


「依頼人すら、金で売るんですね」


 呆れたようなロメロに、黒スーツはえらく心外だという表情を見せた。


「神の恩寵ですら金でやりとりされる世の中だぞ? 教会では金を積んだものにはより多くの奇跡が起こるとされ、神の能力の一部とされる治癒を行う術師は金で誰を治すか決める。それに比べれば、依頼人の情報を金で渡すくらいなんてことないだろ?」


「信用とかあるでしょうに」


「その信用を裏切ってもいいと思う額をちゃんと提示しているさ」


 ロメロは金貨3枚を懐から取り出すと、黒スーツへ投げ渡した。


「交渉成立だな。私が依頼主について知っていることは全て話そう」


 黒スーツの話によると、あの日尋ねて来た人物はゴールドバーグ家に勤める使用人だと言っていた。

 そして、当日の警備体制や門の合鍵なども周到に準備しており、使用人という言葉に真実味があった。


「だが、あの男からハマキかなんかの臭いがした。とても使用人には思えない。言葉に訛りがなかったことも気になるな」


 全く訛りがないのは、しっかりとした教育を受けている上流階級くらいであり、ただの使用人が、そんな言葉を使うのはおかしい話だった。

 さらに、黒スーツは続ける。


「ついでに一緒に来た大男だが、あれは私の見間違いでなければ、シルバーリッター家お抱えの始末屋だ。ボディガード兼、今後私たちを口封じするときの為の顔合わせと言ったところだろう。これで私の持つ情報は全てだ。いい買い物だったな」


 ロメロはシルバーリッター家の関与を確実なものとすると、もう一つの交渉も続ける。


「で、あなたはこのゴールドバーグ家から手を引いてくれるのですか?」


「何を言っているんだ? 貴方は、仕事を途中で放り出すタイプなのか? 仕事人としての意識が低すぎる。前金も貰った、成功報酬ももちろん出る。辞める理由がないな」


「なるほど。分かりました。では、実力行使で止めさせてもらうまでです」




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