第50話「カルロの決意」

 カルロは階段を登りきるとセバスと別れ、アンナの元へ向かった。

 普段なら大したことのない距離もいやに長く感じる。


 ようやく部屋の前まで来ると、小さな叫び声が耳へと入る。


「きゃ。だ、誰?」


 怯えの混じった声に、カルロは急いで扉を開けた。

 ベッドの上ではアンナが小さな体をさらに小さくして震えていた。


「ん? どちらさん? その恰好、ここの人じゃないよね」


 腰に剣を佩いた男は慌てる素振りもなく、カルロに視線を向けた。

 男は黒スーツのような出で立ちで、ゴールドバーグ家を襲撃した賊にも関わらず、気品に溢れていた。


 しかし、そんなことお構いなしにカルロは勢いのまま、突進する。


「その娘から離れろっ!!」


 ひらりと黒スーツは闘牛士のように鮮やかにカルロをかわし、手を打った。


「なるほど。キミは彼女のナイトという訳か。弱っちいが立派だぞ。そんなキミに敬意を払って、キミの分の殺しはタダでやってあげよう」


 黒スーツはゆっくりとカルロに近づくと、初動を一切感じさせず蹴りを放った。

 当然、予測も何も出来ていなかったカルロはモロにその蹴りを受けると小さな化粧台に頭から突っ込み派手な音を鳴らす。


「ああ、また1つ未来を奪ってしまった」


 男は涙を流しながら呟く。


「あ、あなたが殺しておいて、なんで……」


 アンナは信じられないモノを見る目で男を見た。


「私にとって命は皆、価値がある」


「な、なら、殺しなんてやめましょう!」


「何を言っている? 価値があるからこそ、肉や野菜に値段が付き、モンスターは討伐すると報奨金が出る。人間にもそれぞれ値段が付くのは至極当然ではないか?」


「で、でも、人を殺すのは悪いことよ」


「なら、牛や豚を殺すのは悪いことなのか? モンスターや魔獣は? 虫なんか、私たちが歩くだけで殺しているぞ。彼らの命には贖罪は必要ないというのか? なぜ人だけを特別扱いするっ!」


「そ、それは……」


 何も言い返すことが出来なくなってしまったアンナはうつむき、悔しさに涙を浮かべる。


「私は全ての死に涙を流す。例え、虫の1匹だろうとだ。私は全ての命に敬意を払い、金を支払い受け取る。それだけだ。さぁ、お嬢さん貴女も私の糧となってくれ」


 黒スーツは剣を抜くと、アンナの首筋に当てる。


「苦しまないよう、ひと思いにやってやる。それが唯一の慈悲だ」


 剣に力が込められようとしたそのとき、


「おいっ! まだこっちの決着がついていないうちにゴチャゴチャと喋りやがって!! 命に値段が付く? そんなの当たり前だ!! だから俺はここにいるっ! その娘が救ってくれた命に報いる為に、俺はここにいるんだっ!!」


 カルロの左腕はだらんと垂れ下がり、骨が折れており、その痛みは壮絶だろうが、今、カルロは声を上げ、自分を鼓舞することで、痛みに耐え、敵に立ちむかっていた。


「ふむ。なかなか立派だ。そんなキミに敬意を払い、お嬢さんを殺すのはキミの後にしよう」


「へっ。そいつはどうも」


 黒スーツは剣を引くと、一度鞘へ納めた。


「うおおおおっ!!」


 再びカルロは猪突猛進で突っ込むが、黒スーツに容易にかわされた。


「ありがとよ。また避けてくれて! さっき、窓の外に見えたんだ」


 カルロはそのまま、アンナの元まで走り、片手で彼女を抱えると、窓を蹴破り叫んだ。


「イチコのお姉さんっ!!」


 そのまま、カルロは窓から飛び出した。


「うわぁぁぁっ!!」

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