第43話「張り込み中の襲撃者」

 イチコたちの張り込みはしばらく何事もなく続いた。

 動きがあったのは草木も眠る頃になった時だった。


「イチコさん。カルロ君。気をつけてください。何か来ます」


 ロメロが注意を促すと、不意に頭上から小さな声が風に乗って微かに聞こえた。


「待ち伏せされていた? だが、すでに一人獲った」


 短剣がロメロへと降り注ぐ。


 咄嗟の出来事に、その場の誰もが反応出来ずにいた中、骸骨兵士スケルトンは瞬時に反応し、短剣を弾いた。

 全員が頭上を見上げると、そこには蝙蝠のような羽を生やした黒ずくめの男が宙へと浮かんでいた。


「弾かれた? でも、皆先に行けた」


 その言葉通り、5つの気配がゴールドバーグ家へ侵入する気配をロメロは察知する。


「イチコさん。カルロ君。申す訳ないけど、先にゴールドバーグ家に行っていてもらえますか? この方は、まず、僕を狙いました。たぶん、一番殺しやすいと思ったのでしょうね。悪行をどうどうと働くことも、僕をなめるのも、非常に不愉快です。ですので、僕の手で始末をつけさせてください」


 カルロはロメロの漆黒の意思を宿した瞳を見つめると、素直に頷き、ゴールドバーグ家へ向かって走り出した。

 一方、イチコは――。


「ああっん! クールすぎる!! この目でロメロさまの虐殺を眺めていたい!!」


 体をくねらせ、恍惚とした表情を見せるが、しかし、この場に留まることを許しはしなそうなロメロの雰囲気に、しぶしぶながら、後ろ髪を引かれるように、イチコもゆっくりとゴールドバーグ家へと向かう。


「キミも行ってくれ。ここは僕一人で十分だ」


 骸骨兵士も、その命令を受けると、一切の躊躇も見せず走り出した。


 一陣の風が吹くと、蝙蝠男は理解できない行動だと言わんばかりに首をかしげ呟く。


「アホなのか? いや、無謀なだけか」


「そこの貴方。その羽は、キラーバッドのものですよね? どうして人間がモンスターの力を使えるのか謎ですが、まぁ、すでに勝負は決したので、どうでもいいですね。落ちてきたら調べますね」


「勝負がついた? それは、どういう――」


 言葉を最後まで言い切る前に、自身の体の変化に気が付く。


「なんだ? これ、傷か」


 体のあちこちに細かなポツポツとした傷が出来ている。

 徐々に徐々にその傷は増え、まるで体が少しずつ崩壊していくような感覚を覚える。


「な、なんだぁぁぁーー!? か、体がぁぁぁぁっっ!!」


 一番最初に薄い蝙蝠の羽が崩れ落ち、蝙蝠男は地面へと落下する。


「冥途のみやげに教えてあげます。僕は魔王四天王、死霊術師ネクロマンサーのロメロと言います」


「ネ、死霊術師ネクロマンサー? なぜ、こんなこと出来るんだ」


 ロメロの手から砂のような物がさらさらと流れ落ちる。

 闇夜にまぎれ色までは蝙蝠男には識別出来なかったが、明るいときにみれば、それは灰色がかった白い粒子であることが伺えただろう。


「死霊術師は死体を操れるスキル持ちのことです。ただ、同じ死霊術師でも操れる死体の得手不得手はもちろんあります。僕の場合、最も得意とするのは骨です」


「まさか? なら、この現象は。その砂は」


「はい。屋外限定の技ですが、粉末状にした骨を撒いて操りました。同じ骨やそれと同等の堅さを持つものは壊せないですが、人間の肉程度なら、用意に削り取ることができるんですよ。さて、こうして話している間にもどんどん削られていきましたね。羽も無くなり、足にも力が入らなくなってきた頃ですかね。もう抵抗はできないと思います」


「何っ? が、ああああああっ!!」


 両下肢にヤスリを掛けられた様な痛みが走り、男は絶叫する。


「さて、どうしてそんな力使えるのか、僕の質問に答えてくれますかね?」


「誰がっ? このくらいで、仲間は売らない」 


 ロメロは感心したようにウンウンと頷きながら、蝙蝠男の周囲を歩きながらゆっくりと口を開く。


「ところで、ヤギ責めって知っていますか? ヤギに足の裏を舐められる拷問なんですが、ヤギの下がザラザラしている為、皮膚が裂け、血が流れ始めます。さらに舐めるのは続き、最後は骨だけになるんですよね。いや~、怖いですよね」


 全く同じことをしているにも関わらず、ロメロは身をすぼめて話す。

 その話の間にも蝙蝠男の脚は骨だけと化し、今度は、目の前でどんどんと両腕が骨だけになっていく様を見つめ、とうとう発狂する。


「ああっ? あ、ああああああっ!!」


 一度、粉骨での攻撃を止めると再度、取引を持ち掛けた。


「さて、では、さっきの蝙蝠の羽はなんなのか聞こうと思うのですが? 素直に答えてくれれば、命までは取りません」


 ロメロの取引に男はすぐに飛びついた。


「助けてくれる? なら、なんでも話す。お願いします」


 蝙蝠男は、ここを襲撃するよう頼まれたこと、指輪の魔道具で、モンスターや魔獣の力を使えるようになったことを洗いざらい白状した。


「依頼者は誰ですか?」


「依頼者? それは、知らない。交渉したのはリーダーだけ」


「ウソはついていないようですね」


 ロメロは蝙蝠男の怯え切った瞳を見つめると、真実を語っていることを確信する。


「では、約束通り命は取りません。それでは、僕はこれで」


「えっ? ま、待って、このままじゃ、動けない。せめて安全なところに」


「貴方、ここの人たちを殺しに来てましたよね。殺そうとしているってことは自分も殺される覚悟あってのことでしょう? 命があっただけでも厚遇なんですから、あとは、自分でなんとかしてください」


 冷たくあしらうと、ロメロも邸宅へ向かって走り出した。

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