第36話「ロメロとアイテム屋」

 なかなか帰らせてくれないイチコと、全然帰ろうとしない骸骨兵士スケルトンとの板挟みの茶会を終えたロメロは、ぐったりとしながら寝床に潜ると、気づいたときにはすでに、日が傾き始める頃で、急いでアイテム屋へと向かった。


「結局、あの老人のレイスを吸収しても生前の記憶は僕とイチコさんの恨みだけ、あとはゾンビ使いということと、あの剣の魔道具が肉体操作の向上ってだけでしたね。イチコさんからも特に目ぼしい情報はなかったですし。結局、ここに行くしかないようですね」


 ロメロはアイテム屋の看板を見上げる。


 木造作りのアイテム屋は魔道具などを置くには随分手狭に思えるほどの大きさしかないのだが、売買だけここで行っている可能性もある。

 手がかりがほとんどない中、ここに行くしかない為、ロメロは店内へと進んだ。


 外観の通り、店内もこじんまりとしており、店頭に並ぶアイテムは『やくそう』や『毒消し』などの一般的なものが並ぶ。

 他には少し珍しいもので言えば、モンスターから逃げる為の『けむり玉』や捕獲する為の『ネット』などがあった。


 魔道具のようなものは、店頭には置いていないようであった。


「すみません。ここにくれば魔道具があると聞いたのですが……」


 店主はアイテム屋には似つかわしくない、いかつい風貌の男で、店内にロメロが入ったときから、つっけんどんな態度であったが、『魔道具』の言葉を聞くと、途端に険しい表情を見せる。


「うちには魔道具なんてないが、誰から聞いた?」


「それはオカシイですね。昨日、ここに魔道具を売りに来た少年がいると思うんですけど」


 ロメロの言葉に、店主は一瞬、安心したように弛緩すると、言葉を続ける。


「ああ、そのことか。あの魔道具はもう売れたよ」


「それは、お得意さまがいるってことですか?」


「いや、そいつは商売柄、言えねぇな」


「そうですか。手荒なマネはしたくなかったのですが」


 ロメロの手刀が店主の喉元へ触れる。


「言え。僕には嘘は通じませんから、言葉は慎重に選んでくださいね」


「こんなハッタリにビビるかよ。これでも元冒険者だ――」


 口答えした瞬間、店主の喉が切り裂かれ、血が噴き出す。


「ガァハッ!」


 首を抑え、流れ出る血を止めようと足掻くが、指の隙間から止めどなく赤い液体は流れ出る。


 ロメロが再び、手を触れると、血は止まり、傷跡だけが残った。


「ハァハァハァ」


 店主はまるで悪い夢でも見たかのように、冷や汗で全身を濡らす。


「言葉は慎重に選ぶよう言いましたよね? 次はどんな言葉を選びますか?」


 血液が足りないのか、それとも恐怖故か、店主は顔を真っ青にし、次の言葉を紡いだ。


「こ、ここは、魔道具の売買だけなんだ。持ち込まれた魔道具は、全部、シルバーリッター家が買い取ってくれるし、シルバーリッター家から要請があれば、どんな人物だろうと、ここで渡された魔道具を売っているんだ。本当なんだ。それ以上のことは、関わってないんだ。全く知らないんだ」


 怯える店主の瞳を見たロメロは、本当のことを言っていると確信した。


(まぁ、シルバーリッター家の関与が確実になっただけ収穫ですかね)


 ロメロは手刀を引き、僅かばかりの銅貨を数枚置いた。


「ご協力ありがとうございます。少ないですが、迷惑料だと思ってこちら受け取ってください」


 踵を返し、店の外へと足を向けた。



 店外へ出ると、ロメロの鼻腔に、強烈に不快な臭いが香る。


「うっ! なんですか? この臭いは」


 思わず鼻を覆い、眉間に皺を寄せる。


(意識が……。これは、マズイ、ですが……)


 しかし、エルフである自分がこれでは、他のモンスターたちは更に脅威にさらされる何かだと直感し、臭いの元を調べるべく、臭いのする方へと歩み出した。


 すると、1人の人間の死体が運ばれていった。


(臭いはあの人間からのようですけど、すでに死んでいる? いったいどういうことですかね?)


「魔獣の森の近くで死んでたらしいぞ」

「じゃあ、魔獣に殺されたのか?」

「いや、死ぬような外傷はないらしい」


 周囲から聞こえる噂話をロメロは疑問に思いながらも、なんとなくイチコなら知っているのではないかと考える。


「また今日も逢いに行ってみますか。彼も行きたがっているようですし」


 いつの間にか現れた骸骨の腕が今度は、また別の店舗を指さす。


「今度はパンですか? それなら夕飯どきに伺いますか」


 骸骨の手は嬉しそうに親指を立て、サムズアップを示した。


 不快な臭いを我慢しながら、パン屋まで向かおうとしていると、ローブが何者かに引っ張られた。


「にいちゃん! 良かった。探したんだ。頼む。助けてっ!!」


 そこにはかつて路地で傷を癒し、魔道具の噂話を集めるようお願いした少年が居た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る