愛の憑依

第37話「フェリダーと彼岸花」

 ひたすら妄想にふけり、だんだんとやばい奴認定されてきているイチコだったが、日が落ちた頃、そんな彼女の現実に戻す人物が現れた。


「こんばんは。イチコさん」


「ぎゃぼっ! ロメロさまっ!! どうしてここに。ハッ! もしやこれはアタシの完璧な妄想力が生み出した幻覚!? セシリー、ちょっとアタシを殴って!」


「はーいっ!」


 まるで言われるのを予期していたかのようなタイミングで、キレイな右ストレートがイチコに入った。


 慣性が働かないまま、結界へぶち当たるまでイチコは飛んだが、大したダメージはなかったようで、すぐに戻ってきた。


「愛の力の前では、こんなの痛くないから、やっぱり幻覚ね」


「いや、イチコさん、それって夢の確め方ですよ。とりあえず、私にも見えているので、このロメロさまは本物ですよ」


「本物? 本当!? きゃー!! どうしよう。こんな格好じゃっ!」


 イチコは黒ストライプの銘仙めいせん着物のシワを伸ばすように手を動かし、ぼさぼさの黒髪も全く変わらないが手櫛で整える。

 レイスなので外見は全く変化なかったが、それでも乙女の嗜みとして、一応の身支度を整えると、改めてロメロへと向き直る。


「ロメロさま、今日はどうしたんですか? 連日で来てくれるなんて、もしかして……、こ、こ、告、ごにょごにょ」


 そんなイチコの様子を微笑ましく眺めながらも、ロメロは本題を切り出す。


「イチコさんに聞きたいこととお願いしたいことがあって、今日は来ました。イチコさん。今日、魔獣の森で、何かしました?」


「えっ、えっと~~」


 イチコは口ごもり、視線を泳がせる。

 右へ左へ泳ぐ視線の中、なぜか頑なに無縁墓の方だけ見ようとしない。


 ロメロはそこになにかあると感じ、注意深く観察すると、


「あれ? そこにいる可愛い子って」


 いつもならば、イチコはロメロのその言葉を自分が言われたものと解釈し、歓喜に身をよじるところなのだが、このときばっかりは、露骨に、「ギクッ!」と声を上げた。


「え、えっと、な、何もいないですわよ」


「イチコさん、口調がすごく変になってますけど……、私にも言えない何かが居るんですね」


 町娘のような地味な恰好なセシリーなのだが、こと墓地のことに関しては女将さんのような圧力がある。そんなセシリーにまで問い詰められるが、イチコは生来の諦めの悪さから、なんとか逆転の目を探す。

 しかし、それはたった一言で打ち崩された。


「ニャー!」


 無縁墓から、猫の鳴き声が響く。

 そして、そこから大型の猫、フェリダーのレイスが飛び出した。


「あっ! コラッ! 見つからないように大人しくしてなさいって、言ったでしょ」


「……イチコさん、これって」


 セシリーの落ち着き払った声に恐怖を感じたイチコは、すぐさま土下座する。


「ごめんなさい! でもアタシがちゃんと面倒見るから、どうか、どうか追い出さないでっ!! お願いっ!!」


「いや、そんな捨て猫拾った子供みたいに言われましても。というか――」


 セシリーが何か続きを言おうとしたその時、フェリダーは飛び出すと、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、セシリーに頭を擦り付ける。


「なに、これ、可愛いです」


 すっかり頬を緩ませると、次にフェリダーはロメロへと歩みより、足元までくると、ごろんっと寝転がり、服従のポーズを示す。


「イチコさんのフェリダーですか。すごく可愛いですね。いいなぁ~」」


 そうして、ロメロはわしわしとお腹を撫でる。

 気持ちよさそうな表情を見せるフェリダーにイチコは一瞬殺意を覚え睨むが、そのとき、フェリダーと目があった。


 その目は、明らかに、こう語っていた。


「マスター。この2人に取り入っておけばいいのよね! 特にこの男の方!!」


(ま、まさか、この子、アタシの為にセシリーを懐柔し、ロメロさまとの接点を作ろうとしているの? な、なんて、いい子!!)


 一瞬で殺意は消え去り、代わりに愛情を持ってフェリダーを見つめた。


「あっ、そうです。イチコさん。この猫ちゃんですけど」


 セシリーからの最終判断が下されるのを、イチコは息を呑んで見守る。


「そもそも、ここからレイスは出れないので、追い出すとか出来ないですよ。それに、こんなに可愛い猫ちゃんを追い出すとか、鬼畜外道の所業ですよ!」


「あ、あ、あ、ありがとうセシリー!! 良かったわね……、えっと、そう言えば、名前がまだだったわ。何かいい名前はあるかしら?」


 みんなに聞いているようでありながら、視線も言葉を向ける先も、ロメロだった。


「う~ん、そうですね。それじゃあ、オレンジの毛並みなので、僕の好きな花と同じ、『リコリス』って名前はどうですか?」


 それを聞いたフェリダーは、気に入ったのか、「ニャーン」と鳴いた。

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