第33話「エセ狩人と銀貨 その3」
エセ狩人は、弓や矢筒はもちろん、ありとあらゆる物を落としながら、フェリダーのレイスから逃げ回った。
「はぁ、はぁ、はぁ、も、もう限界だ……。ここまで来れば、追ってはこないか?」
自身でも半信半疑ではあるものの、もう動けそうになく、ゆっくりと、腰を降ろす。
「なんで、こんなことに……。全部あの女が出てきてから調子が狂いだした」
ぶつぶつと文句を言っていると、ガサガサッと物音が聞こえ、身を縮める。
息を殺し、潜んでいると、音源の方にフェリダーが見えた。
(くそっ! もうこんなところにまで追ってきたのか!)
思いっきり悪態をつきたいところだが、そんなことをすれば、すぐにでも見つかってしまう。
頼むからさっさとどっかに行ってくれと祈りながらギュッと目を閉じ、フェリダーが過ぎ去るのを待つ。
ガサッ。ガサッ。カサッ。カサッ。カサ…………。
次第に音は遠ざかっていく。
(た、助かった、のか?)
エセ狩人はゆっくりと目を開けると、そこにはフェリダーらしき姿は跡形もなかった。
「ふ、ふぅ。どうやら見つけられなかったようだな……」
安堵し、腰を上げて、この魔獣の森からの脱出を試みる。
姿勢は低くし、足跡も残らないよう細心の注意を払う。
「臭いはあの魔道具のおかげでしばらくしないだろうし、一度俺を見失ったなら、あとは音と足跡さえ気をつければ……」
その瞬間、男は自身の言葉で、気づいた。
「なんで、あの、フェリダー、レイスなのに、音がしたんだ? まさか、俺が出てくるのを待って――」
その瞬間、樹上から、レイスのフェリダーが現れ、エセ狩人の背中に鋭い爪を突き立てる。
「がああっつ!!」
あまりの痛みに七転八倒する。その様を、さも楽し気に見つめる大猫。
「くっそ。この魔獣風情が」
男が罵倒すると、何を言いたいのか分かったのか、まるで、ボール遊びをするように、大きな前足で何度も蹴りつける。
それこそ、遊びなのだろう。前足自体は肉球の柔らかさで大した痛みはないが、蹴られる度に地面に体がぶつかり擦り傷が増えていく。
何度目かにフェリダーは目測を誤ったのか、エセ狩人を大きく蹴飛ばしてしまった。
これ幸いと、態勢を立て直すと、力の限り森の入り口へと向かって走り出した。
「このまま、死ぬなんて御免だっ! この、この森から出れば、きっと大丈夫なはずだ。そうだ。レイスといえど、この森の魔獣なんだ。出てくるはずがないっ!!」
エセ狩人はガムシャラに走る。枝が体にぶつかるのも、クツが途中で脱げ、小石で足裏を切ることもいとわず、走り続けた。
ようやく、森を抜け、直接降り注ぐ太陽を浴びると、
「た、助かった。生きてる」
感動に胸打ち震わせた刹那。
「ガウッ!!」
フェリダーは男の体を捉え、森の中へ引き擦り込む。
「おっ、うおおおおっ!! 嫌だっ!! まだ死にたくないっ!! 俺は、俺は、森から出たはずなのにっ!! 助かったはずなのに~~~~~~~~~~~~~~~」
男の断末魔の絶叫は、虚しく森の中へ吸い込まれていった。
「バカね。結界もないのにレイスが森の中だけのはずないじゃない。それに、魔獣だって、殺したい相手がいれば、森の外くらい出るでしょ」
イチコはエセ狩人の最後を見ながら、呆れたように息をついた。
※
「さて、復讐は済んだようでなによりだわ。あとはもう1つ」
イチコはフェリダーの死体の下から、子フェリダーをポルターガイストで引き抜く。
「この子は、あなたの代わりにアタシが守ると誓うわ」
イチコは器用に銀貨にバスターソードで穴を開けると、今度はフェリダーの毛を毟り、三つ編みにして紐を作る。
「これで良いわね。さすがアタシ、育ちと手先の良さが出ちゃったわね!」
銀貨に紐を通すと、子フェリダーの首に巻いた。
「あなたが大きくなって、この首輪が外れるまでは、アタシもお母さんも見守っているからね――――」
イチコは、誰にも聞かれないよう、小声で、「助けられなくて、ごめんなさい」と呟く。子フェリダーの頭を撫でようかと、手を伸ばすが、触れる直前に躊躇し、そのまま手を離した。
「さて、あんたもお別れしなさいっ! それくらいは待っててあげるから。そんでお別れが済んだら、アタシのあま~い夢の為に協力しなさい!! ついでにあの魔道具を作った奴を殺るかもしれないし、あんたにとっても悪い話じゃないでしょ。それにアタシと居れば、その子が危機のときには一緒に駆け付けられるからねっ!」
イチコは返事も聞かず、先にフッと消える。
フェリダーは言葉がわかったかのように、頭を下げ、まるで人間が礼を伝えるかのような動作を行った。
母フェリダーは、我が子に鼻を一度押し付け、慈愛に満ちた瞳で見つめると、そっとその場から消え去った。
※
この数時間後、魔獣の森の外で、腕以外大した外傷のない男の死体が発見された。
なぜ、この状況で死んでいるのか理解されなかったが、男の絶望に満ちた苦悶と恐怖の表情から、死ぬほど恐ろしい何かがあったのだと推測され、多くの冒険者に魔獣の森の恐ろしさを再確認させた。
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